チートもねぇ、特典もねぇ、ひたすら死んでは生き返る

ぬるめのにこごり

第1話

転生したところで、何も変わらない。


転生したら、神様からすごい能力をもらってちやほやされる。

転生したら、良い身分に生まれて、前世の知識を活かして活躍。

転生したら、底辺だったけれど、能力を活かして成り上がり。


そんな夢物語は溢れている。当然だ、ちっともうまく行かない現実を、作り話でも味わいたいなんて、誰が考える。誰が思う。夢に思うくらいなら、どうせなら楽しい話が良いじゃないか。


転生したら、地獄が始まった。



「××××××!!」


なにやら、意味のわからない怒号が聞こえてきた。ぬかるむ地面を蹴り上げる。ずるりと転びそうになって、手をついた。手をついたところが分厚い木の皮の、ザラリとした面だった。あたかも、おろし金に擦られたような鋭い痛みが走る。はっと息を詰めた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


意味のない息の繰り返し。呼吸の繰り返し。汗が目に入りそうになって、まぶたから目尻をそれて、呼吸のしすぎで洟が垂れる。逃げている最中にそんな描写をする話は大して存在しない。だって、いつだって主人公は最後に立ち上がるのだから。

そういうふうに決められている。


週刊少年誌だって、ライトノベルだって、結局、主人公はだいたい救われるのだ。大なり小なり苦労しながら、それでも最後は主人公が勝利する。その方が、作者も読者も気持ちいいから、当然である。日が東から昇って、西に沈む程度には当たり前だった。

でもここは現実である。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


後ろを振り返る。濃い墨色をべったりと塗りたくった上に、ぽつぽつと橙色を筆でつけたみたいな光景だった。薄らぼんやりと、原始的な格好をした人間たちが見える。息が詰まった。ツルに引っかかって、足がもつれる。転ぶ。膝を擦りむく、手を擦りむく、目に泥かなにかが入って痛む、息がつまる。もう一度立ち上がる。


それに考えなんていらなかった。生きたいと必死にもがいている。


左肩にものすごい衝撃が走る。くんっと、喉が反る。ちかりと星がまたたいた。暗闇の中に、閃光を見た。

ものすごい痛みで、声も出なかった。


べしゃりとその場に倒れ込む。顔に泥がついて、冷たい温度がありありと伝わってくる。左肩を下にして倒れ込んだものだから、余計に痛みが走った。ヒッヒッと、情けない呼吸音がする。涙が止まらない。悲しいのか辛いのか苦しいのか、いや、痛いんだ。痛い、痛い、それだけ、痛いだけ!

赤子みたいに、コントロールのきかない指を動かすと、指先がざらついたものにあたった。それは、細長いものだった。細長くて、少しばかり冷たくて、それが自分の右肩から生えている。いや、生えているのではなくて、刺さっている。

なにか、細長い、もの。


「××××」

「ぁ……あぁ……」


長音は音にならない。叫びだそうとすることもなく、ひきつれたような、不規則な呼吸が繰り返された。本当に死の恐怖を目の当たりにした人間は、悲鳴なんてあげられない。死ぬのだとわかると、全身が恐怖に固まって、ぶるぶる震える他にさして身じろぎもできない。


くらやみに、掲げられた松明が鈍の色を照らす。ぐろりと渋く光る、人を傷つける道具が振りかぶられた。


あ、死ぬ。


そう思ったところで、意識が終わった。

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チートもねぇ、特典もねぇ、ひたすら死んでは生き返る ぬるめのにこごり @kgpodfuo8556e

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