俺はこの面接に賭けている!

青樹空良

俺はこの面接に賭けている!

 ある試験会場に俺はいた。

 ネットの噂から調べまくって、ようやくここに辿り着いた。

 この試験を逃したら、次はあるかどうかわからない。

 なにがなんでも受かってみせる。コミュ障に面接は難しいが、なんとしてもやってみせる。

 俺は絶対にあそこへ行くんだ。

 ドアが開いて、面接が終わった人が出てきた。なんとなく暗い顔をしている気がする。手応えが無かったのだろうか。仕方がない。この試験は狭き門だ。他人の不幸を喜ぶのはどうかと思うが、こいつが落ちてくれた方が俺にもチャンスが出来る。


「次の方~」

「は、はい!」


 呼ばれた。

 俺は緊張しながら、面接の部屋に入った。

 部屋の中ではスーツを着た40代くらい(?)の男性が、長机の向こうに座っている。


「よよよよよ、よろしくお願いします」


 ダメだ。

 俺はこういう場所に弱い。どもっているあたりで印象が悪くなったに違いない。


「どうぞ、座ってください」

「は、はい」


 勧められるままに、俺は椅子に座る。


「わ、わっ!」


 またも緊張しすぎて、椅子に座るのすら失敗した。がたがたと音を立てて、椅子が倒れる。


「大丈夫ですか?」

「……はい。すみません」

「いえ、構いませんよ。どうぞ、慌てずに」

「……ありがとう、ございます」


 優しくされるのは嬉しいが、こんな失敗をするのは恥ずかしすぎる。俺はもっとやれば出来る男なのに、人前に出るとどうしても上手くいかない。

 いや、でも、まだ諦めてたまるか。

 俺は、この試験に絶対合格してみせる。

 面接自体はこれからだ。

 質問が始まった。


「アルバイトを辞められたばかりということですが、なにかあったのですか?」

「は、はい! バイト先の店長と上手くいかなくて、俺、いや、私はなにも悪いことはしていないのですが……」


 思わず口に出してから、しまったと思った。人間関係が上手くいっていないなんて、印象が悪いに決まっている。が、店長の顔を思い浮かべたらムカムカしてきて、言わずにはいられなかった。


「ご家族の方とは上手くいっていますか?」

「家族、ですか? 早く定職に就けとは言われています。俺は頑張っているんですが、なかなか伝わらないようで、上手くいっているとはあまり……。むしろ、邪魔者扱いされているというか……。正社員になるなんて、こんな俺なんかには無理だっていうのに、ですよ?」

「そうですか」

「あ」


 またやってしまった。

 バイトを辞めて(辞めさせられて)から、ほとんどネットの世界でしか人と話していなかったからか、久々に人と話すと愚痴みたいになってしまう。

 が、


「失礼ですが、お付き合いされている方はいますか?」

「いませんっ! この世界に生まれてからずっといませんっ!」


 面接官は淡々と質問を続ける。

 それにしても、しまった。

 また力が入った。


「なるほど」


 けれど、面接官は顔色も変えない。


「もう一つ聞きます。自信は、ありますか?」

「自信、ですか?」


 なんの自信だろう。

 面接官はこれ以上説明してくれる様子も無く黙っている。

 これは、俺からハッタリでも話すしかなさそうだ。


「ええと、ですね。これまで、俺は失敗ばかりしてきました。ですが、その、ですね。無い、と言えば嘘になります。今までは俺の正当な評価がされてこなかっただけなんです。俺は、やればできるんです! 誰かが俺のことを認めてくれさえすればいいんですっ!」


 この際、やらかしまくっているのだからと、ヤケクソで口から出るまま話してしまった。

 もうどうにでもなれ、だ。

 面接官は驚いた顔をすることもなく、頷きながら聞いている。さすがに、出て行けなんて言われるとか、嫌な顔でもされると思っていたから、少し拍子抜けだ。

 再び面接官が口を開く。


「最後に聞きます。死にたいと思ったことはありますか?」

「え?」


 一瞬どんな質問なんだ、と戸惑う。が、正直に俺は答えた。


「あります。この世界はクソです。死にたいことばかりです。なんなら、この試験に落ちたら、さっそく死にたいと思ってます」

「なるほど」


 こくり、と面接官が頷いた。


「合格です」

「は?」

「合格だと言ったんです」


 きっぱりと、面接官は言う。


「えっと、俺のどこが……」


 自分で言うのもなんだが、完全に落ちると思っていた。


「あなたはこの世界に適合していません。周りにいる人との縁も薄そうです。そして、まだ何もしていないのに謎の自信があります」

「え、あ、はい」


 褒められているんだか、けなされているんだか。

 ちょっと怒っていいだろうかと思って面接官を見ると……、俺は自分の目を疑った。今の今まで、目の前にいる面接官はおっさんだったはずだ。それが、今は若い女性になっていて、女神様みたいに見える。


「そういう人にこそ、異世界転生はぴったりなのです。この世界でうまくいっていない人ほど、異世界でまだ誰にも認められていない新たな力が得られることが多いのです」

「え、あ……」


 目の前の光景と言われていることに、俺の頭はついていかない。それは、異世界に行ける上にチート能力ももらえるということだろうか。

 さっきの怒りはいつの間にか溶け去った。

 だって、女神様だよ、女神様。しかも、美人! さっきまでおっさんだったとは信じられない。

 ここに来たときも最後のチャンスだとは思ったが、半信半疑だった。だけど、都市伝説みたいなものに賭けるしかないほど、俺は切羽詰まっていた。この世界にいることが耐えられなかった。


「あの、異世界転生って、本当、ですよね?」

「ええ、あなたはそのつもりでここに試験を受けに来たのではないのですか?」

「は、はい! そのつもりです!」


 俺は即座に答えた。

 思わず聞いてしまったが、下手に疑って取り消されたらたまらない。

 というか、俺が女神様の言う基準で受かったということは、さっき落ちたと思われる人はこの世界に適合していたってことか。この世界で幸せだったってことか。俺の方が不幸だったから選ばれたってことか……。

 そう思うと、かなり複雑な気分には、なる。

 そんな俺の戸惑いに気付いたのか、


「大丈夫ですよ。怖がることはありません。異世界はあなたのような人を求めているのです。あなたの中にある謎の自信は、異世界を救う原動力となるのです」


 不安をかき消すように、女神様はにっこりと微笑む。

 謎の、は余計だと思うけど。


「では、あちらの扉から出てください。すぐに異世界へ繋がっています。チュートリアルもありますのでご安心を」

「は、はい! ありがとうございます!」


 がたっと椅子を立って、俺は深く頭を下げた。

 なにはともあれ、これで本当に異世界に行ける!

 やっぱりこの世界には、俺を認めてくれる人がいなかっただけだ。

 それも今日で終わり!

 このクソな世界からおさらばして、俺が輝ける世界に行けるのだ!

 大丈夫。女神様が選んでくれた俺なら大丈夫。


「素敵な異世界ライフをお祈りしております」


 女神様の優しい声を背中に聞きながら、俺は異世界への扉を開けた。

 こんな俺でも幸せになれる世界を夢見て。

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