お嬢さまとわたし

金谷さとる

セツの思い出

 十の歳に奉公に出た。

 お屋敷には旦那様と奥様。それにお嬢様がおふたり。

 眩いばかりの妹様といささか日陰の野花のような姉様。

 新入りの下働きでしかないわたしはすぐに忘れて仕事に追われた。

 桶を倒してしまったわたしに妹様が「大変ね」と姐さん達に声をかけてくださった。

 わたしに助けが必要だと思われたお優しさに感謝するよう教えられ姐さん達に手間をかけた罰と夕食はナシになった。

 魚のアラの汁物と混ぜ飯の賄い夕食をおなかをすかせて眺めてた。

 奉公にあがる前には日に一食雑穀粥も弟妹ととりあった。

 一度、食べられることを知ってしまえば、無理だ。

 盗み食いは折檻されて追い出される。追い出されればきゅっと炊きあげられた米のメシも卵焼きの端っこも口にできないだろう。

 その時のわたしにわかることはそれだけだった。

 追い出されてはいけない。

 姐さん達に嫌われてはいけない。

 お嬢さまの機嫌を損ねてはならない。

 わたしはどんくさくて食事抜きの罰を時々受けた。

 ふらふらする中、姐さんのひとりに連れられて朝食の給仕を教えられる。

 それは道の悪い離れ。

 厨房から距離のあるその場所に届ける食事はつく頃には温かいものは冷め冷たいものはぬるまってしまう。

 道の悪さで汁物だって減っている。

「おじょうさまにお出しするとき、お膳は綺麗にしておくのよ」

 姐さんがこぼれた汁物を拭い、崩れた盛りつけを修正し、ぽいとわたしの口におかずをひとつ投げ入れる。

「ナイショよ」

 わたしは必死になって頷いた。

 飢えた朝にとても美味しかったから。

「わかっていると思うけど、無駄口は叩かないのよ。この運びの仕事、あんたにも覚えてもらうんだから」

 作業は控えの間に置かれた卓に盛りつけなおされた膳を置く。

 そしてざっと掃除。

 埃が膳にと伝えようとしたら姐さんに睨まれた。

 そして無言のまま離れから退室するという流れだった。

 他の部屋では許されない所業が『お嬢さま』の離れでは許されて。

 天候の悪い日はちゃんとお膳は運ばれたのか。まだ子供であると天候の悪い日の給仕仕事からは外されていたから。

 その時のわたしはたぶん目をそらした。

 おなかがすくことの苦しさを知っていたのに。

 わたしと同じ年だという『お嬢さま』のお膳がわたしの賄いより少なくて、その上で減っていることに。

 ひとつ下の『お嬢さま』がくださる砂糖菓子や笑顔につい罪悪感がかき消えていっていた。

 それが望まれている行動で追い出されないためにはそれが正しくて。

 だから、きっとわたしは悪くない。

 お仕えして一年ほどの頃か、お嬢さまがにこにこと焼き菓子をくださった。

「ねぇ、セツは私の味方よね。だいすきよ」

 お嬢さまの言葉が嬉しくて気持ちが舞いあがった。

 だって、お嬢さまがわたしをだいすきって。

「試験は、合格かな。使える子になってね」

 嬉しい。嬉しい。

 わたしが、認められたの。

「はい!」

 お嬢さまがわたしをだいすきって!

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お嬢さまとわたし 金谷さとる @Tomcat

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