動きが紡ぐ生命の調和

まさか からだ

第1話 崩れるバランス

 ミカは、忙しい毎日の中でいつしか自分を見失っていた。彼女の一日は、目覚まし時計の音に慌ただしく起こされることから始まる。寝不足のまま顔を洗い、慌ただしく朝食を済ませ、電車に飛び乗る。会社では終わらない仕事に追われ、メールやミーティングに追随するだけで時間が過ぎていく。そんな日々が続き、気がつけば肩はガチガチに凝り、慢性的な頭痛が彼女の日常となっていた。


 「なんでこんなに疲れるんだろう……」


 そう思いながらも、ミカは医者に頼ることしかできなかった。診察室で医者は薬を処方し、「ストレスが原因ですね」と事務的に告げる。しかし、薬を飲んでも改善される気配はない。むしろ、心の奥底に感じる虚無感は増すばかりだった。


 週末、親友のユウと会ったとき、彼女の口から思わぬ言葉が飛び出した。


「ミカ、大丈夫? 最近、疲れ切ってる顔してるよ。」


 「うん、仕事が忙しくて……。でも、何をしても楽にならないんだよね。」


 ユウは彼女をじっと見つめると、少し考えたように微笑んだ。


 「だったら、一度ナギさんに会ってみたら? 自然治癒とか、本能の力を引き出す方法を教えてくれる人なんだ。」


 「自然治癒……?」


 ミカはその言葉に引っかかった。どこか古めかしい響きだが、心の奥底で何かが目覚めるような感覚がした。それは、これまでの人生で一度も考えたことのない方向に進むきっかけとなる予感だった。


 翌週、ユウに紹介された場所を訪れると、そこは都会の喧騒から離れた静かな森の中だった。風に揺れる木々の音と小鳥のさえずりが響き、久しく感じたことのない平穏がミカを包み込んだ。


 そこで彼女を迎えたのは、落ち着いた雰囲気を持つ中年の男性、ナギだった。無駄のない動きと深みのある瞳が印象的だった。


 「君がミカさんだね。さあ、まずは深呼吸をしてみよう。」


 ナギの言葉に促されるまま、ミカは息を吸い、吐き出した。その瞬間、どこか張り詰めていた自分が少しだけほぐれるのを感じた。


 「呼吸ひとつで、心と体は変わるんだよ。でも現代人はそれを忘れている。僕たちは自然から遠ざかることで、癒しの力を失いつつあるんだ。」


 ナギの言葉は、ミカの胸に染み込むように響いた。


 数日後、ミカはナギとともに簡単な動作を実践していた。それは、あくびをするように口を大きく開けたり、全身を伸びをするように動かすものだった。一見すると、ただの気まぐれな行動にしか見えない。しかし、それを意識的に行うと、体の奥底からじわじわと暖かさが湧き上がるのを感じる。


 「こうした何気ない動作が、心身のバランスを取り戻す第一歩なんだ。」


 ナギの教えを受けていくうちに、ミカの中に少しずつ変化が生まれ始めた。肩の凝りが和らぎ、朝起きたときの重さが軽減されていく。彼女はその変化に驚きながらも、もっと知りたいという思いを抱くようになった。


 その夜、ミカは久しぶりに深い眠りに落ちた。夢の中で、彼女は広大な自然の中を自由に歩き回っていた。風の音、草の香り、そして心地よい日差し――すべてが彼女を包み込み、生きる喜びを思い出させるようだった。


 目が覚めると、心の中に小さな灯がともっているのを感じた。ミカはつぶやいた。


 「私、変わりたい……。」


 こうして、彼女の「自然治癒」の旅が静かに幕を開けた。

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