第60話 思わぬ再会?

「――いやー、一時はどうなることかと思ったけど、こういうのも中々楽しいもんだね」

「はい、そうですね斎宮さいみやさん」



 それから、一時間ほど経て。

 和やかなやり取りを交わしつつ、ゆっくりと廊下を進んでいく僕ら。そんな僕らの手には、それぞれグラスが二本ずつ――日坂ひさかくんと織部おりべさんの分も含め、飲み物を調達すべくドリンクバーへと向かう最中で。


 そして、斎宮さんの言葉には全く僕も同意で。この四人で遊びに行くというのは初めてだったし、どうなるかなぁとは思ったけど……うん、ほんとに楽しい。……まあ、この四人でも何も、僕がこれだけの人数で遊びに行くなんてひょっとすると初め――


「……あ、でもさ新里にいざと。その、次は――」


「――あれ、もしかして朝陽あさひくん?」

「「……へっ?」」


 卒然、斎宮さんの言葉に被さる形で声が届く。ご無沙汰のような、そうでもないような……ともあれ、声の方向――後方を振り返ると、


「おっ、やっぱり朝陽くんだ。久しぶり」

【……えっと、その……お久しぶりです、郁島いくしま先輩】


 そう、花のような笑顔で挨拶をしてくれる男性。彼は郁島氷里ひょうりさん――鮮やかな亜麻色のマッシュヘアに、水晶のように透き通る瞳を宿す美青年で、昨年まで我らが聖香高校にて生徒会長を務めていたお方です。……ところで、それにしても……うん、ほんと綺麗だなぁ。



「――それで、朝陽くんは……ひょっとして、デートかな?」

「……へっ!? あ、いえいえそんな!」【……その、僕がデートなどしようものなら、きっと近い内に天変地異が生じてしまいます!】

「うん、そこまでくるともはや謙虚なのか傲慢なのか分からなくなるね」


 思いも寄らない驚愕発言に慌てて答えると、どこか呆れたように微笑む郁島先輩。……あれ、なにかおかしなこと言ったかな?


 ともあれ、それから少しばかりお互いの近況といったやり取りを交わす僕ら。なんと、郁島先輩はあの京都大学に入学したとのこと。……うん、改めてだけどほんと凄いね、この先輩ひと

 そして、楽しいから僕も二年後にと勧めてくださったけど……その、僕にはちょっと……いや、でもやる前から諦めるのも良くな――



「――あの、会長!」

「……へっ?」


 そんな後ろ向きのような前向きのような思考の最中さなか、不意に隣から響く斎宮さんの声。……しまった、僕一人で話しすぎちゃってたかな。それとも、待たせちゃったことを怒……いや、それは違うか。名前を呼ばれたのは僕でなく、郁島先輩なわけだし。


 ところで、それはそれとして……うん、もう会長さんではないんだけどね。まあ、敢えてツッコむことでもないけど。それを言うなら、僕だって今や先輩という表現が適切かは定かでな――



「……その、あたしは……もう、会長のこと好きでも何でもないんだからね!」


「…………へっ?」





「……うわぁ、やっちゃった……」


 自室にて、ベッドに転がり悶えるあたし。……いや、流石にあれはないでしょ。あの後、おそるおそる視線を横に移すと、ポカンと口を開いた彼の表情かおが……うん、めっちゃ恥ずかしい。


 さて、何の話かと言うと……うん、もはや説明不要かとも思うけど、今日の発言――あたしの兄たる郁島氷里に対する、あの痛々しい発言に関してで。


 ……いや、言い訳させてもらうと、一応理由はあったんですよ。まさかあんなところで遭遇するなんて思わなかったけど、それでもこれはチャンスだと思――


 ――トゥルルルル。


「…………」


 すると、ふと枕元に響く電子音。……うん、そろそろかなと思ったよ。正直、あんまり気は進まないけど……うん、もう覚悟を決めて――



『――どうも、さっき振られたばかりのインテリ美青年で〜す』




「……うん、久しぶりだね氷兄ひょうにい

『うん、さっき会ったよね? よもや、今の流れでこっちがツッコミ側になるとは思わなかったよ』


 そう、少し戸惑ったような声音こえで尋ねる氷兄。……うん、自分でも何を言ってるのやら。どうやら、思った以上に焦っちゃってるみたいで。


『……それにしても、そうかなとは思ったけど……やっぱり言ってなかったんだね、朝陽くんに』

「うっ……まあ、その……うん」


 図星を突かれ、言葉に詰まるあたし。言ってなかったとは、氷兄とあたしの関係――即ち、兄弟の関係にあること……あるいは、あたしがもはや氷兄――郁島会長に対し恋愛感情を抱いていない、ということのいずれかだろう。……まあ、もはやも何も当然ながら初めからないんだけども、そんな感情。



 ……ただ、いずれにせよ……うん、どっちも言ってなかったんだよね。そして、それが定かでなかったからこそ、氷兄はあたしに話し掛けてこなかったのだろう。呼び方はもちろん、話し方などでも朝陽に違和感を抱かせる可能性があったから。……うん、なんかごめんね?


『……まあでも、これで朝陽くんの誤解も解けたはずだよね』

「……あ、うん、まあそうなんだけど……実は、強力な恋敵ライバルが現れたり――」


 その後、ついつい零れたあたしの愚痴(?)に楽しそうな口調で受け答えする氷兄。いや楽しそうにしないでよ。まあ、聞いてくれるだけ嬉しいんだけども。








 

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