第59話 その手があった?

「……お上手ですね、先輩」

「……ああ、正直ちょっ……いや、だいぶ意外だった」

「……あ、ありがとうございます」



 それから、数分経て。

 そう、呆然とした様子で口にするのは織部おりべさんと日坂ひさかくん。そして、そんなお二人にたどたどしく謝意を告げる僕。以前、斎宮さいみやさんも同じようなことを言ってくれたけど……うん、なんか申し訳ないというか……うん、ありがとうございます。


 それと、余談だけど……うん、やっぱり最初に歌うのが一番かも。なので……うん、結果的にはありがとうございます斎宮さん。




「いやーやっぱり上手いね新里にいざと。でも、ちょっと調子が良くないかな? 、もっと声が出てた気がするし」

「……あ、ありがとうございます」


 すると、ほどなく笑顔で賛辞をくれる斎宮さん。見た感じだけど、先ほどまでの冷え冷えとした雰囲気くうきはもうなくなっているようで。それは良かった……うん、ほんとに良かったのだけど――


「……おや、それはそれは、随分とお詳しいことで」


 そう、満面の笑みで口にする織部さん。心做しか、俄に雰囲気くうきがピリついた気がしなくもなく……うん、どこかに胃腸薬ないかな。



 ともあれ、続いて斎宮さん、そして日坂くんと順番は巡り――



【……日坂くん、格好良いです……】

「……お、おう。ありがとな、新里」


 そう、呆然と呟く。……いや、声には出してないんだけど、まあ気持ち的に――


 ところで、日坂くんが歌ったのは90年代に一世を風靡し、今なお根強い人気を誇るロックバンドの名曲。そして、日坂くんはその類稀なる容姿のみならず、歌唱力も表現力も抜群で本当に心が震え――



「――なんかあたしの時よりリアクション良くない!?」




【…………へっ? いえ、もちろん斎宮さんも素晴らしかったですし、そのようにお伝えした記憶もあるのですが……】

「いやそうだけど! すっごい褒めてくれたけど! けど……うん、ごめんやっぱり何でもない」


 突然のツッコミにそう答えるも、どこか納得のいかない様子の斎宮さん。……あれ、なにかまずかったかな?


「……さて、この流れですし、次は私ということになるのでしょうけど……」

【……やはり、緊張なさっていますか?】


 すると、隣でポツリと声を洩らす織部さん。……そうだ、今日この場に関して言えば、僕よりも彼女の方が圧倒的に緊張する立場にあって。

 もちろん、どうしてもということなら一度スキップして二週目以降、という方法もある。あるのだけど……だけど、多分それだと余計に緊張が増す一方ではないかなと。でも、かといって一度も歌わないとなると、それはそれであまり楽しめないのでは――


「――はい、なので」

「……ん?」


 そんな彼女の言葉に、呆然と声を零す僕。いや、正確にはこちらに差し出されたマイクに。

 そして、僕の困惑を余所にさっとデンモクから曲を送信する織部さん。表示されたのは、少し前に流行った男女ツインボーカルのラブソング。それから、再びこちらへマイクを差し出し、花のような笑顔で告げた。



「――なので、先ほど言ったように是非一緒に歌ってくださいね、先輩?」





「おお、良かったぞ二人とも」

「……まあ、悪くはないかな」

「お褒めに預かり光栄です」

「……あ、ありがとうございます」


 それから数分後、歌唱を終えた僕らに称賛の言葉をくれる日坂くんと斎宮さん。そして、そんなお二人にそれぞれ感謝の意を示す僕ら。……ところで、歌う前に斎宮さんがポツリと『その手があったか』と呟いていた気がするのだけど……えっと、どゆこと?


 まあ、それはそれとして……うん、ほんと緊張した。正直、一人の時よりもずっと。初めてではないとはいえ、それでもやっぱり……でも、それでも――


「――楽しかったですね、朝陽あさひ先輩?」

「……はい、そうですね織部さん」


 そう、にっこり微笑み尋ねる織部さん。うん、彼女も楽しんでくれたし良かったよね。

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