第57話 スリルがお好み?

(……あの、朝陽あさひ先輩)

【……はい、仰りたいことはおおよそ察せられますが……如何なさいましたか、織部おりべさん】

(……まあ、恐らくはその予想で正しいかと思われますが……今、相当に怪しいですよ? 私達)

(……はい、ご尤も……)



 それから、ほどなくのこと。

 声を潜め、そんなやり取りを交わす僕ら。そんな僕らがいるのは、劇場シアターへと続く通路みち――その入口の、大きく開いた扉の裏側で。……うん、ほんと何してるんだろうね……ほんとにごめんね、織部さん。



【……それにしても、僕としたことが迂闊なことこの上ないですね。お二人が来るのは分かっていたのですから、せめて変装の一つや二つしておくべきだったと今更ながら深く猛省しております】

(……いや猛省する点がおかしいですよ。もうそれだけで相当怪しいですし、そもそも変装してない私と二人でいる時点であっさりバレるでしょう)


 なおも、声を潜め会話を交わす僕ら。……まあ、それはそうかも。尤も、織部さんと二人でいるから、その相手が僕などという発想に至る人はまずいないだろう。……だけど、あのお二人――とりわけ、斎宮さいみやさんに至っては些か事情が異なるわけで。


 それに……織部さんと関係なく、斎宮さんには変装がバレる可能性が大いにあって。と言うのも、彼女は既に二回もあさいーちゃんをご覧に……いや、なんで変装=あさいーちゃん確定なのかという話ではあるけども。



(……ところで、朝陽先輩。先ほどは、随分と大胆でしたね。卒然、私の手をさっと取り……ふふっ)

(……っ!! あっ、その……申し訳ありません)

(いえいえ、決して責めているわけではありません。どころか、とても嬉しかったくらいですし。なので――)

(……っ!?)


 ――刹那、呼吸が止まる。と言うのも……卒然、彼女がぎゅっと僕の腕を自身の腕と絡めたから。……いや、何が『なので』なのかは皆目分からないけど、ともあれ――


(あの、織部さ……)

(おや、朝陽先輩。今、それほどに抵抗なさって良いのですか?)

(……っ!! ……いえ)


 そう、何とも不敵な笑みで告げる織部さん。……確かに、今はまずい。と言うのも……まさしく今、かのお二人――斎宮さんと日坂ひさかくんが、視線のすぐ先で入口を通過しようとしているから。……いや、どう見ても大胆なのは貴女の方ですよね?



 ともあれ、先ほど以上に息を潜める僕ら。……いや、僕だけかな? だって、彼女――未だに腕を絡めたままの織部さんはと言うと、この窮地にありながらクスクスと笑ってるし。……うん、聞こえてないよね。


 ……ただ、それにしても……うん、なんでここまでするのだろう? もしかすると、彼女にとってはスリルしかないこの状況が楽しいのかもしれない。かもしれないけど……それでも、僕なんかが相手で抵抗とかないのかな? それに……心做しか、ほんのり頰が染ま――



(……っ!?)


 ――再度、呼吸が止まる。……今、見られた? ……でも、だとしたら不審に思いこちらへ見に来る……と、思うし。……大丈夫、なのかな?


 ともあれ、更に高鳴る鼓動が届かないよう切に祈りつつ更に息を潜める。……いや、こんな表現があるのかどうか定かでないけど……まあ、気持ち的に。そして――



「…………ふぅ」

「……ふふっ、楽しかったですね先輩」


 その後、お二人の姿が見えなくなったのを確認しホッと息を洩らす。すると、やはりと言うか楽しそうに微笑みそう口にする織部さん。……その、どうかご勘弁頂けたらと。





「…………ふぅ」


 ある休日の夕さり頃。

 リビングにて、勉強が一段落した後だらりとソファーへ凭れ込む。いやぁ、やっぱり古文の主語把握は難しいなぁ。


 ともあれ、窓の外――すっかり黄昏に染まった外を眺めつつ、ぼんやり今日のことを思い起こす。巧霧たくむと一緒に行った、今日の映画館でのことを。


 ……ただ、それにしても――


「……ほんと、悪いことしちゃったな」


 そう、ポツリと呟く。彼に言われたから、なんて言い訳にもならない。彼がしたのは、あくまで提案――それも、あたしが尋ねたから答えただけ。言わずもがな、決定権は私にあった。


 そして――その上で、あたしは巧霧を誘った。他にも選択肢はあった中で、あたしは巧霧に声を掛けた。あたしに対する巧霧の気持ち――そして、その気持ちに応えられないことを知っていながら。……ほんと、悪いことしちゃったな。


 ……ところで、それはそれとして――


「……いや、何してんのほんと」


 そう、呆れつつ口にする。今度は、あたしに対してでなくあの二人――なんか、扉の裏でこそこそしてたあの二人に対してで。


 ……うん、まあ分かるよ? あたし達に見つからないよう隠れてたことくらい。でも、よもやあれでバレないと本気で思っていたのか……いや、流石にないか。きっと、あたし達を目にして咄嗟に動いただけなのだろう。尤も、姿自体はほぼ見えなかったので、実際どういう状況だったのかは定かでないけど……うん、なんかモヤモヤする。


 ところで、そもそもなんで二人がいたのか――まあ、考えるまでもなく織部さんの発案だろう。自分は行けないと言ってチケットを渡したくせに、その当人が同じ場所にいるなどという馬鹿みたいなリスクを彼が自主的に犯すはずないし。大方、今更キャンセルは効かないなどと言われ、断るに断れなかったのだろう。以前、あたしも似たような方法を取ったし。……まあ、それはともあれ――



「……さて、どうしたもんかな」


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