第47話 ……どう思う、か。

 ――徐々に春の兆しが近づいてきた、二月下旬のこの頃。



「――いやぁ一年生ももう終わりかぁ。長かったようで短かったような……でも、後半くらいからはあっという間だったかな」

【そうですね、斎宮さいみやさん。僕もあっという間だった気がします。特に、後半くらいからは】



 放課後、お馴染みの空き教室にて沁み沁みとした雰囲気でそんなやり取りを交わす僕ら。あっ、別に斎宮さんの真似をしたわけではなく、本当に僕もそう思ったわけで……うん、誰に言い訳してるんだろうね。



 さて、そんな頗る心地の好い雰囲気に水をさすのもどうかなとは思うのだけど――


【……ところで、斎宮さん。些か言いづらいことではあるのですが、そろそろ――】

「ああそうだ新里にいざと、久々に将棋しようよ将棋! あっ、オセロでもいいけど!」


 逡巡しつつそう切り出してみると、僕の言葉の終わらぬ間に遊戯の提案をする斎宮さん。少し慌てたこの様子だと、恐らくは僕が何を言おうとしていたか察していることだろう。


 ……まあ、気持ちは分からないでもないけど。やっぱり、いざとなったらなかなか勇気が出ないこともあるだろうし。……尤も、僕の場合はいざとならなくても出る勇気なんてないんだけど。


 ……まあ、今は僕のことはさておき……気持ちは分からなくはないと言っても、もう二月下旬――即ち、三年生が登校する日にちは随分と限られてしまっているわけで。なので、流石にそろそろ――



「――斎宮夏乃かのちゃん、だよね? 今、ちょっといいかな?」


「「…………へ?」」


 瞬間、僕らの声が重なる。見ると、彼女は雷にでも打たれたような衝撃の表情で扉の方――正確には、そこに佇む美男子の姿に釘付けになっている。


 ――まあ、それもそうだろう。それに、きっと僕も似たような状態ものだろうし。そして、そんな僕らに対し少し可笑しそうな微笑を浮かべつつ――息を呑むほどに鮮麗なその美男子は、柔らかな口調で言葉を紡ぐ。



「きっと知ってくれているとは思うけど、一応――俺は三年五組の郁島いくしま氷里ひょうり。よろしくね、夏乃ちゃん?」




「…………なん、で……」


 そう、呆然とした表情で呟く斎宮さん。……うん、それはそうだよね。自身が告白するはずだった相手が、どうしてか突如あちらから訪れたのだから。……ただ、いずれにせよ――


「……あっ、その、では僕は――」

「ああ、別にそのままで構わないよ。確か――新里朝陽あさひくん、だったよね?」

「……へっ? あ、はい……」


 席を外します――そう伝え立ち上がろうとした矢先、穏やかな微笑で告げる郁島先輩。……えっと、僕がいても良いの? 斎宮さんにお話があるのでは……まあ、先輩自身が良いと仰るなら。


 ただ、それにしても……よもや、僕の名前までご存知とは。よもや、地味で陰キャラかつコミュ障で定評のこの僕の名前まで……いや、そもそも定評になるほど知られてないか。ともあれ、この分だとひょっとして全校生徒の名前をご存知で――



「――さて、早速だけど夏乃ちゃん。もし良かったら――俺と、付き合ってみない?」





【……あの、斎宮さん。その……本当に、良かったのでしょうか? その、保留にしてしまって……】

「……うん、だって……そんな、急に言われても……」


 それから数分後。

 郁島先輩が去った後、些か重苦しい雰囲気でそんなやり取りを交わす僕ら。まあ、彼女の気持ちも分からないではない……と思う。いくら想い人からの素敵な申し出とはいえ、実際あまりにも突然過ぎた。



『……その、郁島か……いえ、元会長。折角のお言葉なのですが……その、すぐにはお答え出来なくて……』


 そう、珍しく言葉をつっかえながら返答をした斎宮さん。すると、郁島先輩は柔和に微笑みつつ保留の意を承諾し教室を後にした。


 ……それにしても、本当にどうして……いや、もちろん告白自体に疑問を抱いているわけではない。僕などが言うまでもなく、斎宮さんは大変素敵な人だし。……ただ、それにしてもやはり突然過ぎる気が――


「……あの、新里はさ、その……どう思う?」

「……え?」


 そんな黙考の最中さなか、ふと届いた問いにハッと顔を上げる。見ると、どこか不安そうな表情を浮かべる斎宮さんの姿が。……何を、などと流石に確認するまでもない。



 ……どう思う、か。ここで、僕が伝えるべきことは――




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