第46話 やっぱり複雑?

【――おめでとうございます、斎宮さいみやさん! 一生懸命作りましたので、宜しければ是非ともお召し上がりください!】

「あ、ありがと新里にいざと。……ところで、その……これってやっぱり……」

【はい、チョコレートです! ……あの、ひょっとしてお気に召さなかったですか?】

「あっ、ううんそういうわけじゃないの! ほんとにありがと、新里!」



 それから、およそ三週間が経過した二月中旬。

 放課後、かの空き教室にて――なんとも無邪気な笑顔を浮かべ、花模様の包装紙に包まれた正方形の箱をあたしに差し出す彼。隅の方には、水玉模様の可愛らしいリボンまであしらわれていて。当人にとっては喜ばしい言葉なのかは分からないけど……うん、なんとも彼らしいなと。


 ところで……ツッコもうかどうか少し迷ったけど、お祝いを受ける覚えはまるでなかったり。言うまでもなく、本日2月14日――バレンタインデーはあたしを祝福する日ではないわけで。


 ところで、それはそれとして――


「……あのさ、新里。その、ごめんなんだけど……あたしまだ、新里の分は用意できてなくて」

【あっ、いえいえ全然お気になさらず! 斎宮さんに受け取って頂けるだけで、僕としては十分に嬉しいですから!】


 少し控えめにそう告げると、両手を大きく横に振った後ささっとペンを走らせ答える彼。これまた彼らしい、予想通りの優しい反応ではあるけれど……うん、これはこれで複雑だったり。


 ちなみに、彼以外のクラスの友達――例えば、小林こばやしくんや彩華さやかには既に渡している。あと、巧霧たくむにも渡そうかと考えたけど……その、どんな表情かおで渡せば良いか分からなくて。……まあ、近い内に機会があれば。





「……うっわ、すっごい美味しそう」


 すっかり夜の帳が下りた18時頃。

 自室にて、極力破かないよう丁重に包装紙を外し長方形の白い蓋をそっと開く。……うん、分かってはいたけどお菓子作りもすっごい上手いんだよね、彼。むしろ、何が作れないんだろうとすら思う。


 ともあれ、その中身はというと――大きいのが一つ、というわけではなく花や星など様々な形の小さなチョコが沢山。そして、中にはハート形なんてのもあったりするけど……まあ、きっと深い意味なんてないよね。


 まあ、それはともあれ……肝心のお味はというと――


「……うん、すっごく美味しい」


 そう、箱を開いた際と同じような感想が口をつく。うん、分かってはいたけど……それでも、思ってた以上にほんと美味しい。美味しいんだけども……うん、やっぱりちょっと複雑かも。


 ……まあ、そうは言っても断然嬉しいには違いないんだけど。凄く美味しいのもそうだけど……それ以上に、彼があたしのために一生懸命作ってくれたという事実だけで、そもそも嬉しくないはずがないわけで。


 ……ところで、それはそれとして……誰か他の人にも渡してたりするのかな、このチョコ。……いや、流石にないよね。失礼ながら、彼に限ってご家族以外に渡す人なんて……あっ、でも巧霧たくむにならあり得るかも……まあ、巧霧ならいっか。



「……さて」


 数分後、そんな呟きと共に徐に立ち上がる。そして部屋を後にし、階段を降りキッチンへ。それから、冷蔵庫の真ん中辺りに半分ほど中身の残った白い箱をそっと乗せる。一度に食べるのは勿体ないからね。


 だけど、これが今厨房ここに来た主たる理由ではない。白い壁のフックから、淡い桃色のエプロンを取りさっと身に着け準備を始める。昨日はあまり上手く……いや、他人ひと様にお渡し出来ないような仕上がりではなかったけども……それでも、どうしても納得のいくものが出来なかったから。どうしても……彼だけには、会心の出来で受け取ってほしいから。だから――



「――さあ、首を洗って待ってろよ朝陽あさひ!」




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