P1 るろうに野志浪
父は幼い頃に自分の父親を亡くし、遺された借金を返済するために学生の時分から働き詰めだったという。
そのせいで行きたかった大学へ行けず、自分の子供には同じ思いをさせまいと結婚前から決めていたらしい。
「親が貧しいと、子も貧しくなる。この負の連鎖を断ち切れるのは、レベルの高い教育だけ」
というモットーを掲げた彼は、姉と僕に幼稚園の頃から数々の習い事を許した。
自らの努力でどん底から年収1200万の高給取りに成り上がった父と、良識的で子煩悩な母。そのおかげで、僕ら二人は何の苦労もしないエリートコースを突き進んでいたが、僕の方だけは母方の祖父が持つ、遊び人遺伝子を存分に受け継いでいたようだ。
姉は早々に医学・看護という生活に困らない真当な進路を決定したが、僕は勉学よりも、所属していた吹奏楽部に傾倒し、「音大に行ってプロになるぜ」などとほざき出した。
まあ大抵の親なら引き止めるのが常識だろうが、父は自分自身にかけた呪いのせいで子供の行きたい大学を否定できず、むしろ100万円の楽器と毎週の個人レッスンを僕に与えてしまった。
僕は演奏の腕に自信があったし、なによりも、普通に勉強して普通に就職し、普通に結婚して普通の家庭を持つというつまらない人生を選びたくなかった。
こうして、学校のテストは何とか赤点を取らない程度にだけこなし、後は全て部活中心の生活が続いていたが、高校3年の夏、最後の吹奏楽コンクールが終わってから様子が変わっていく。
部活を引退した仲間たちが全員放課後に残って自習を始める最中、僕だけがお先に失礼して帰宅し、楽器の練習をする毎日。
みんなが受験に向かって一丸となり机に着く傍ら、僕だけがひとり孤独を感じていた。
レッスンは徐々に厳しくなり、前日は胃が痛くなってトイレに籠ることが増えていく。
僕はこのとき、自分が好きなのは音楽ではなく、仲間と過ごした部活という青春だったんだと気が付いた。
完全にやる気を失った僕は、まともに練習することもできなくなった。
最後の三月、僕は受験のために卒業式を放棄して東京へ飛んだが、大学には受からなかった。
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