ハルヒによろしく

フリオ

第1話 よろしく①

 「Vtuberになることにしたわ」


 中学三年生の一学期。六月。安芸帆立あきほたては関係者(安芸の母親、オレ、知らない女性)をオレの実家のカフェに集め、座ったままポツリと言った。テーブルには模試の結果が書かれたプリントと、お茶が置いてあった。四つ用意されたどのお茶にも茶柱は立っていなかった。安芸なりに緊張していたのか、喉が渇くのだろう、お茶を飲み干すのは誰よりも早かった。

 安芸はざんぐりと切られた黒髪が似合う美少女だ。メガネをかけたり、かけなかったり。みんなはかけていないときの安芸をよく見るはずだ。メガネをかけるのは家のときだけだから。裸眼の安芸と、メガネの安芸はちょっと印象が違う。メガネの安芸はフワフワとしている。裸眼の安芸はリーダー気質だった。小学校の登校班では四年生から班長を務めていた。五年生も六年生も、ウチの地区にはいなかった。安芸よりも背の低い子たちが、安芸の背中に導かれるように付いていく。横断歩道を渡るときの蛍光色の旗が安芸のお気に入りの武器だった。

 付いて行きたくなるような安芸の背中を眺めながら、低学年の子供たちを挟むように集団の一番後ろを歩いていたのがオレだ。彼女の背中は小学校の六年間で見慣れてしまった。中学生になると、並んで歩いて登校するようになったから、それは嬉しかった。そのころには身長も越した。

 オレはエンターテイメントをこよなく愛する凡人、川崎 ハルヒロである。安芸とは幼馴染だった。カフェの隣にある高級マンションの一室に、安芸一家は暮らしていた。


「三人を集めたのには、それぞれ別々の理由があるのよ。恩田さんには宣戦布告、ママには報告、ハルヒロはわたしが頑張っているところを見ていてねって言うため。ちゃんと見てなさい。よろしく」


 安芸はさっそくユーチューブチャンネルを立ち上げた。Vtuberになるまえの下積みの機関として、最初は、小説をショート動画で解説する活動を始めた。安芸ママが出版社に勤めていることもあり、安芸の自宅にはたくさんの本があった。安芸自身も本が好きで、読み終わってはオレにオススメしていた。その経験を活かして動画を作っていた。

 動画は「冒頭に惹句を一言」「あらすじを20秒」「引きの言葉を一言」「作者とタイトル」という構成になっていた。撮影はオレの家で行っていた。使っていない部屋があったので、そこを防音に加工したから迷惑ではなかった。オレの両親も安芸の活動を快く応援していた。脱サラをしてカフェを始めた両親だから、安芸の挑戦に共感していた。毎日投稿を基本として、数日が経過すると一万回再生を越えるような動画が出てきた。数百人のチャンネル登録者を手に入れる頃に、Vtuberとしてのアバターを手に入れていた。

 アバターはハツラツなギャルという雰囲気だった。安芸の性格に良く似合っていると思う。安芸は『乙骨抹茶乙おつこつまっちゃおつ』という名前で活動を開始した。小説系Vtuberというタグを用いていたので、そっちの方向で活動をするのだろう。初配信は生放送で行った。もちろん、場所はオレの家の一室だった。

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