裸漢拳遣いの乙女〜四十八手の身技にて、いかなる漢も昇天よ!〜

山親爺大将

第1話 伝承

「いーやーだぁぁぁぁ!」

「えーい! 分からん奴だな!」

 今日も親娘喧嘩で鏃家の朝は始まる。

 娘の十八の誕生日でもそれは同じだった。


「絶対嫌!」

「お前は二千年続いた神代からの身技を途絶えさすというのか!」


「お父さんは良いわよ! 男なんだから!」

「武術の道を極めるのに男も女もあるかぁ!」


「あるわよ! 何なのウチの拳法! 何で脱がなきゃならないのよ!」

「内なるオーラを放出しやすくする為だろう! 何遍も言っただろうが!」


「そんなの手のひらからだって放出出来るじゃない!」

「分かっておらぬ! お前は何も分かっておらぬ! 徐々に脱ぐ事による羞恥心、見られる事に興奮する嗜好心、それら様々な感情をオーラに乗せる事でこの技の威力は何倍にもなるのだ!」


「恥ずかしい思いまでして拳法なんか、やってられるかぁ!」

「待て、そう言うな、お前は二千年続いたこの鏃家でも今がかつてない最強の逸材! 話し合おう、話し合えば分かり合えるはずだ」


「分かり合えるはず無いじゃない! どこの世界に娘に恥ずかしい思いして裸見せろなんて言う親が居るのよ!」

「裸を見せろと言ってるんじゃない! お前はチラリズムも知らんのか!」


「そう言う問題じゃない!」


「良いかよく聞け! 我が裸漢拳は原点にして頂点! 他の表筋八門、裏筋八門とは一線を画す真なる裸拳! 表技四十八手、裏技四十八手の計九十六手全てを伝承しているのは我らが正統裸漢拳だけなんだぞ!」


「そんなの私覚えてないし!」

「ふっ、お前は血の重さが分かっておらん! 幼き頃からのここでの生活が! 習慣が! 遊びが! 全てお前に技を覚え込ませる為に存在していたのだ!

 お前が今更何を言おうが、もう身体は知り尽くしておるのだよ!」


「虐待じゃないか!」

「違うな、お前は二歳の時に『お父さんみたいな立派な裸鏃になる!』と宣言して一緒に鍛えてきた! つまりお前自身の意思ではないか!」


「え? そうなの?」

「伝統芸能の家でもそういう事してるから、間違い無い!」


「えー? えー? 私の意思なの?」

「どっちにしろお前が十八になったその日より、宗家を決める『全裸十六連制覇』が始まることが決まっておる!」


「は? 何それ?」

「誰かが十六連勝するまで終わらない、宗家を決める重大な戦いだ!」


「そういう事じゃなくて! 何でそれに私が参加しなければならないのよ!」

「ウチが宗家だからに決まっておろうが!」


「じゃなくて、お父さんがやれば良いじゃない!」

「お前は十八になったら、宗家を譲ると全門下に通達してある!」


「バカじゃないの! 何考えてるの! 私やらないからね!」


「たのもー! 私の名前は干潟雄三! 表筋の一派! 酔裸宴会拳の遣い手! いざ尋常に勝負!」

 道場の入り口には、いかにもサラリーマンという出で立ちのシチサンメガネの男が立っていた。


「ほら、早速来たぞ! 戦え! 戦うのだウズメ!」

「嫌よ!」


「尋常に勝負!」

「だから嫌だって!」


 お父さんどうします?という表情で見つめる雄三。


「あー問答無用でやって良いよ! どうせこの子負ける気なんて無いから」

「グヌヌ、負けず嫌いなのは否定しないけど……」


「では、参らせてもらう」

 そう言うと、雄三はおもむろにネクタイを取り、頭に巻いた。


「え? ビール瓶で戦うの?」

「我らが酔裸宴会拳の恐ろしさをとくと味わうが良い!

凶波武冷功きょうはぶれいこう』」


 雄三がそう叫ぶと、ビールをラッパ飲みしながらユラユラと近づいてきた。

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