不器用な見習い天使は自主練を厭わない
いとうみこと
仲間はずれのメルティ
「先生、あたしメルティと組みたくありません」
試験対策の講義が始まり組み合わせが発表されると、リリルが口を尖らせて担当の講師に直談判を始めた。周りからはひそひそと心無い囁きが漏れ聞こえる。メルティは唇をぎゅっと結んでうつむいた。
メルティが仲間から拒否されることはこれが初めてではない。いや、むしろ日常と言っていい。講師ですらそんなメルティを持て余しているのが現実だ。メルティは今日もひとりで準備を始めた。
ここは、天上界。広大な雲の大陸に女神の住む巨大な神殿がそびえ立っている。メルティは、土台となる雲のメンテナンスや雲製の乗り物を作る部署に所属している見習い天使だ。基礎訓練を終え、次は実地訓練に進むのだが、そのためには二人一組で行う試験に合格する必要がある。しかし、不器用なメルティは仲間とうまく連携が取れず皆に敬遠されているのだ。このままでは試験すら受けられない可能性がある。
リリルたちがメルティにかまっていられないのにはそれなりの理由がある。次の試験に優秀な成績で合格すれば、女神近くの花形の部署に配属される可能性が高いのだ。とりあえず合格さえすれば神殿周りの仕事が任されることが多い。しかし、一度でも不合格となれば落第生の烙印が押され、合格した後も僻地での仕事を回されることになってしまう。見習い天使たちにとって、この試験は将来を左右する大切な試験なのだ。
そんなある日、時期外れの訓練生がやって来た。金色の巻き髪に溢れるほど大きな瞳、陶器のような艷やかな肌、男子なのに女神と見紛うほど美しいその天使はホルンと名乗った。途端にリリルを始めとする女子たちが色めき立つ。
「ねえ、ホルン、わたしと組まない?」
「いいえ、わたしよ」
「わたしだってば!」
女子たちは互いを押しのけて我先にとホルンに詰め寄った。
「僕は今日は見学だから誰とも組まないよ」
ホルンの言葉に女子たちは落胆の声を上げ、渋々本来のパートナーと練習を始めた。
メルティは今日も誰とも組むことができなかった。今日は波打つ雲を平らにする作業だ。トンボを使って
他の天使たちが宿舎に帰った後も、メルティはひとりで練習を続けた。何度やっても雲を撒き散らすだけで、少しも均すことができない。メルティはいよいよ悲しくなってトンボにすがって泣き出した。
「もっと柄を長く持って倒すように使ってごらん」
メルティが顔を上げるとホルンがいた。ホルンはメルティのトンボをさっと奪うと、呆気にとられるメルティの目の前であっという間に雲を平らにしていく。
「ほら、メルティも」
ホルンに促されてメルティはトンボを握った。ホルンの言う通りにトンボを動かしてみると、面白いように雲が均される。メルティは夢中になって辺り一面を均して歩いた。
「ありがとう」
メルティがお礼を言おうと顔を上げると、そこにはもうホルンの姿はなかった。
翌日は雲の密度を均一にする講義だったが、やはりメルティは満足のいく結果を出せなかった。いつものようにひとりで居残り練習をしていると、またしてもホルンが来てアドバイスをしてくれた。
「どうして私なんかの相手をしてくれるの?」
メルティの問いにホルンは意味ありげな笑みを浮かべて言った。
「努力を惜しまない姿は誰かが必ず見ているものだよ」
こうして、メルティは毎日ホルンと秘密の特訓を重ねることでぐんぐん実力をつけていった。
いよいよ試験の迫ったある日、天使たちに特別な課題が出された。女神の乗る雲の船を作るという最難関の課題だ。例のごとくメルティと組みたがる者は誰もいなかったが、それまでずっと見学ばかりしていたホルンが名乗りを上げた。途端にリリルたちが騒ぎ出す。
「じゃあ、君がメルティと組むかい?」
ホルンの逆襲にリリルは何も言い返せなかった。
「さあ、今まで練習したことを試す時が来たよ」
ホルンの励ましを得て、メルティは目覚ましい働きを見せた。これには天使のみならず講師までもが目を疑った。メルティがホルンの助けを借りて作った船は黄金に輝いて、間違いなく他の誰の船よりも立派だった。
今やメルティはみんなからペアの申し込みを受ける人気者となった。でも、メルティは試験でもホルンと組みたいと思っていたので、秘密の練習の時に思い切って自分から頼んでみようと心に決めた。
けれど、その日ホルンが現れることはなかった。そしてそれきり姿を消してしまった。
メルティは心にぽっかりと穴が開いたような寂しさに襲われた。それでも、せっかくホルンが教えてくれたことを無駄にしたくはなくてひとりで自主練を続けた。そしてもちろん、優秀な成績で試験に合格することができた。
今メルティは、どこかでホルンに会ったら何とお礼を言おうか、毎日そればかりを考えている。
つづく?
不器用な見習い天使は自主練を厭わない いとうみこと @Ito-Mikoto
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