第27話 帝都出立
初冬の朝、大聖堂の部屋に冷たい空気が漂う。窓から差し込む朝光が、木の床に細かな埃を浮かび上がらせる。聖歌の穏やかな響きが遠くから聞こえ、祭壇の花の香りがほのかに漂う。消えたキャンドルの焦げた匂いが鼻をくすぐる。私は硬い木の椅子に腰を下ろし、教皇に手紙を渡した達成感を胸に刻んだ。アストレア王国の民が、貴族の横暴で癒しを奪われている。この書簡が、病原を断ち切る一歩になる。
旅の疲労が身体を重くする。肩がわずかに沈み、魔力が揺らぐ感覚が胸を締める。人間の肉体は、こんなにも脆いものか。昨夜の行為、絡み合う刺激がふと脳裏を掠める。慣れた自分が不思議で、すぐに書簡の感触を握り直した。アレクの熱い視線、家族を失った痛みを打ち明けた時の震える声が頭をよぎる。人間の心は、なぜこんなにも複雑なのだろうか。私は首を傾げ、胸がざわついた。監視役のはずなのに、彼の視線には何か不思議な感情が漂う。
「マリー、旅支度は済んだか?」
アレクの声が、隣室の扉越しに低く響く。監視役らしからぬ気遣いが、胸をざわつかせた。粗末な鎧が朝光に鈍く光り、視線が私の動きを追う。その目に宿る熱い何かが、部屋の静寂に響く。私は首を振った。
「ええ、いつでも行けます」
私はかすかに微笑み、目を細めた。聖堂の静寂がスカイブルーのローブを包み、聖歌の響きが耳に残る。朝の礼拝後、教皇が私を祭壇の前に呼んだ。朝光が祭壇の花を照らし、羊皮紙の書簡が手の中で温かい。木の床が足元で軋み、教皇の白髪が光に輝く。穏やかな声が石壁に反響した。
「メアリー・リヴィエール、アストレアの民に癒しを取り戻すため、反貴族派の神官を動かす。この書簡を、アストレアに届けてほしい」
私は書簡を受け取り、羊皮紙の封蝋が指に冷たい。支援の希望に胸が高鳴るが、疲労が肩を重くする。私は言葉を返した。
「教皇様、感謝します。民に光をもたらすため、必ず届けます」
教皇は微笑み、目を細めた。光が彼の顔に影を落とし、威厳が部屋を満たす。
「メアリー・リヴィエール様。貴女の心は清らかだ。旅はまだ続く。力を蓄えなさい」
聖歌が胸を震わせ、花の香りが鼻をつく。私は書簡を握り、使命を胸に刻んだ。負傷者がいれば、私がいる。壁に耳あり障子に目あり。この思いが、私を支える。だが、身体の重さは、アストレアの民の苦しみを癒す決意を揺らがせることはない。私はローブの裾を握り、使命を再確認した。
アレクは教皇の前で黙し、背後で肩を固くする。視線を逸らす彼の姿に、罪悪感のようなものが揺れる。家族を失った痛みが、彼の視線に変わるなんて。私は首を傾げ、胸がざわついた。監視役のはずなのに、彼の視線には何か複雑な感情が漂う。人間の心は、なぜこんなにも不思議なのだろう。
神官が大聖堂の馬車を準備し、私とアレクはアストレアへの帰路に出発した。馬の蹄音が石畳を叩き、霧の草原を進む。馬車内は狭く、木の匂いと揺れが疲労を増す。遠くの狼の遠吠えが響き、草原の風がローブを冷たく撫でる。私は書簡を握り、達成感に胸が温かくなる。だが、疲労が肩を重くし、魔力が揺らぐ感覚が強まる。馬車の軋む音が響き、木の座席が背中に硬い。
「マリー、帰ったらどうするつもりだ?」
アレクが馬車内で低く問う。その声に、熱と罪悪感のようなものが混じる。私は目を細めた。
「民を癒す。それが私の役目です。…………しばらくは王都の治療院で…………いえ、教会にお世話になりましょう。貴族も手を出しにくい場所にいるべきです」
彼は黙り、窓の外を見る。家族を失った痛みが、彼の心を動かす。私は首を振った。その心は、理解しにくい。彼が私の肩に手を置き、かすれた声で呟く。
「マリー……お前が無事なら、俺はそれでいい」
私は少し驚いた。彼の目には、罪悪感のようなものが揺れる。私は微笑み、答えた。
「天使ですから、負傷者がいれば私がいますよ」
「俺が怪我をしたら、天使のように飛んできてくれるのか?」
彼は肩を落とし、黙った。私は書簡を握り直した。アストレアへの帰路に希望は薄い。貴族社会に一石を投じる書簡は、私を彼らの標的にするだろう。それでも、使命を果たさねばならない。私は草原の風を感じ、決意を固めた。馬車の軋む音が響き、聖歌の響きが耳に残る。負傷者がいれば、私がいる。この思いが、私を支える。
この旅ももうじき終わりを迎える。国境警備をしている王国兵のアレクとは…………アストレア王国の関所で別れる事になるでしょう。彼もそれに気付いている。
「壁に耳あり障子に目あり、負傷時にメアリー。当然です」
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