第12話 スカウト
騎士団の駐屯所で毎日治療していてわかることです。彼らの怪我は基本的には打撲や骨折などで、流血沙汰はほとんどありませんね。剣での訓練はしているものの、そういった事故は少ない。むしろ、落馬や転落などの事故が多いんです。私は救護室の椅子に座り込み、窓の外を眺めました。冷たい風が窓枠を叩き、遠くで訓練場の土埃が舞っています。
「まあ、無駄な血を流すよりはずっといいですね」
そう思いながら、私は訓練場が見える窓に目をやります。騎士たちが馬を走らせたり、木剣で打ち合ったりしている様子を眺めていることにしました。でも……。
「暇ですね」
毎日怪我なんて起きるはずもないでしょう。それでも、治癒魔法を使える人間は必要です。私がいなくなれば、またあの訳の分からない治療もどきが始まってしまう。でも、治療ができる人間が突然現れる訳でもありません。私は少し首を傾げました。
「いつまでここにいましょうか」
私はため息を吐くと、救護室のドアが開きました。ルミエさんかと思ったら、違う人でした。私は少し目を丸くしましたね。
「失礼します」
「……え?」
入ってきたのは女性です。でも、騎士ではありません。黒い髪を腰まで伸ばし、赤い瞳を持つ美しい女性でした。その美しさに思わず見とれてしまいますが、すぐに我に返ります。私は彼女の赤い瞳を見つめながら、少し戸惑いました。彼女は誰? 私がそう考えていると、女性は私の前まで来て言いました。
「君が治癒魔法の使い手か?」
「はい……そうです」
私がそう言うと、彼女はにやりと口角を上げて、金貨がいっぱい入った麻袋を私の足元に投げつけてきました。麻袋が床に落ちる鈍い音が、救護室に響きます。私は少し眉をひそめましたね。
「私は第一騎士団所属のユミルだ。ぜひ君にはとある貴族の専属ヒーラーとして働いてほしい」
なるほど、この人たちが王都中からヒーラーを集めている第一騎士団の人たちですか。私は麻袋を見下ろしながら、少し考えました。それにしても……。
「ここは第二騎士団の駐屯所ですが……どのように入られたのですか?」
私が疑問に思ったことを口にすると、ユミルと名乗った女性は鼻で笑いました。彼女の黒髪が少し揺れて、赤い瞳が私を値踏みするように光ります。
「そんなことは問題ない。私は貴族で、彼らは平民だ。門番も私に逆らうことはしないさ」
それって騎士団として大丈夫なのでしょうか。私は少し首を傾げました。それとも、門番にも金貨を? 私は少し想像して、少し呆れましたね。
「もう一つ……何故、私が治癒魔法使いがこの駐屯所にいることを知っているのですか?」
「それは……私の部下が優秀だからだ」
なるほど、つまりはスパイがいるということですか。私は少し目を細めました。でも、私がここを離れてしまえば、ここで治療は行われないでしょうね。私は少し胸が重くなりました。
「お断りします」
「それは何故? 報酬が足りなかったか? 君は若い女性だし、もっと高い報酬をもらえる貴族を紹介できるだろう。他には何が欲しい?」
そう言う理由ではありませんし、金貨を何枚出されようと土地をもらおうとうれしい訳ではありません。私はただ……。私は少し息を吐いて、彼女を見ました。
「私はただ負傷者を癒したいのです。貴族や平民など区別はしませんし、報酬もいりません」
「報酬がいらない? 君はどうやって稼いでいるのだ?」
稼いでなどいませんね。食事は野山で取れるし、衣類は浄化すれば着まわせる。補修も自分でできます。宿泊も基本は野外です。私は彼女の赤い瞳を見ながら、少し首を振りました。
たまにお金が必要な時もありますが、治療以外でも稼ぎようはあるんです。狩りや山菜、木の実などを売ればいい。だから報酬などいらないんです。問題は、貴族様にこの話をしてもご理解いただけるかという点のみですね。私は少し苦笑しました。
「報酬も間に合っていますし、欲しいものもありません。ここには私の代わりがいません。だからここに残ります」
「意味がわからないな。地位や名誉……金貨も渡せるし、豪華な食事も上等な寝具で眠ることもできるのだぞ?」
「興味ありません」
私はそうはっきり言いました。すると、彼女はため息を吐きます。私は彼女の態度を見ながら、少し呆れましたね。人間って、こんなものに価値を見出すんだなって。
「そうか……では仕方ないな。力づくで連れていくか」
「できますか?」
私はロッドを彼女に向けました。彼女は剣を抜くと、私に向かってきました。私は少し身構えましたね。
「はあっ!!」
私は彼女の剣をロッドで防ぎますが、その一撃で私の体が吹き飛びそうになります。やはり、ルミエさんはもっと私相手に本気で来るべきでしたね。私が騎士団の力量を図るのに見誤るじゃないですか。私は少し体を安定させながら、少し笑いました。
「お強いですね。ですが、壁に耳あり障子に目あり。負傷時に私ここにいます。メアリー・リヴィエール。戦場の悪魔の怖さを教えて差し上げます」
「戦場の悪魔? ルーン川の戦争で現れた野良ヒーラーか……」
「そういえばここ、アストレア王国でしたね……」
戦場であった兵士とは鉢合わせなかったので、全然気づきませんでした。となると、彼らは第一騎士団の方だったのでしょうか。私は少し過去を思い出して、少し首を傾げました。
「ふん、面白い」
彼女もやる気満々です。これはもうしょうがないですね。私はルミエさんの時と同じようにロッドで彼女を殴りつけますが、私の攻撃は彼女に通用しません。私は少し目を細めました。
「やはりな……君は攻撃魔法も使えないのだろう? そうだろ?」
「……秘密です」
実際、私が何を使えるのかは公にするつもりはありません。私は少し微笑みました。
「結界でも殴れば強いのですよ?」
「そのようだな? 私には効いていないが」
あまり攻撃的なフォームは好きではありませんが、彼女は殴るだけでは勝てないか。私は少し考えました。
「悪魔らしくなったじゃないか」
「ええ、リーパーでしょうか」
私のロッドの先には、鎌の刃を模した結界が展開されました。私は戦えるんです。それは自衛なんてレベルじゃない。結界さえ使えれば、私は悪魔になれるでしょうね。私は光の鎌を見ながら、少し満足しました。
私は鎌を持って飛びかかります。ユミルさんが剣で受け止めますが、私はそこで仕掛けることにしました。鎌の刃先からまた新たな刃を展開し、ユミルさんの首元まで伸ばしたのです。光が彼女の黒髪を照らし、赤い瞳が一瞬驚きで揺れました。
「……」
「……」
「なるほど、降参だ」
ユミルさんは剣を捨てて、降参します。私は彼女の首元から刃を離すと、結界も解除しました。光が消えて、救護室が再び静かになります。私は少し息を整えましたね。
「ありがとうございます」
「……君は強いな。騎士としても戦えそうだ」
そう言われましても……騎士団が弱すぎるんですよ。戦場の時からずっと。私は少し首を振りました。人間って、私には理解しにくいですね。
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