第11話 戦場の悪魔

 私はロッドを握ります。狭い救護室の中、木の匂いと薬草の香りが漂う空間で、ルミエさんはさすがに剣を向けることはなくても、それなりの脅威であることはわかりますね。私は彼の金髪が揺れるのを見ながら、少し緊張しました。窓から差し込む月光が、彼の鎧を鈍く照らしています。


「怪我をさせる気はありませんが、貴女に危機感を理解してもらえるなら」


 そう言って、ルミエさんから仕掛けてきます。しかし、はっきり言って遅いですね。確かにそれなりに訓練は積んでいるのでしょう。だけど、騎士団長としては遅く感じます。私は彼が掴んで拘束しようとしてくる動きを見ましたが、私は防御結界で彼の手を拘束しました。光の膜が彼の手首を包み、動きを封じます。


「何!?」

「手の周りに結界を張りました。これで動かせませんね」

「くっ!」


 ルミエさんの顔が歪みます。私はそのまま彼の腹部をロッドで軽く叩きましたが、服の下に鎧を着ていたのか、金属を殴った感触が手に伝わりましたね。私は少し目を細めました。


「っ!」

「鎧を着込んでいたのですか」

「元々着ていたものだ、悪く思うなよ?」


 私はロッドに魔力を込めて、ルミエさんの腹部を殴り飛ばします。ロッドの先に結界を張り、結界で殴りつけたのです。私は少し力を込めすぎたかなって思いました。光が一瞬、救護室を照らします。


「がはっ!」


 あ、しまった。やり過ぎた? ルミエさんは壁に叩きつけられ、意識を失いました。私は慌てて彼に駆け寄ると、彼は白目をむいて気絶していました。私は彼の鎧が壁に当たって擦れる音を聞きながら、少し焦りましたね。


「あー……いえ、この程度で済んだと思っておきましょう」


 王都にある騎士団の団長程度では……こんなものですかね。私は少しがっかりしました。人間って、意外と脆いんだなって。


「ヒール……」


 私はルミエさんの腹部に治療魔法をかけます。柔らかな光が彼を包み、傷が癒えていくのが見えました。しかし、弱すぎる気がしなくもないですね。私は少し首を傾げました。


「起きてください……」

「ああ……」


 ……あまりに弱すぎる。あれはおそらくですが、本気で襲えなかったのでしょうね。私は治療を終えると、ルミエさんに手を差し出しました。彼の青い目が少しぼんやりしているのが、少し可笑しかったです。


「これにて証明はできましたか?」

「……ああ、私が悪かった……だがそのロッドはなんだ? そんな殺傷能力のある武器は見たことないが」

「これですか? なんか握りやすい普通の棒です」

「ただの……棒?」


 ルミエさんは驚愕していますが、仕方ありません。これは棒です。普通に売っていた握りやすく、重すぎない、長さもちょうど良く振り回しやすいだけの棒。それを見た目だけ良くして携帯しているだけなのだから、これがどんなロッドかと尋ねられれば、普通の棒以外の評価はありません。私はロッドを手に持ったまま、少し笑いました。


「それよりも、一応ご理解いただけましたか?」

「……ああ、君を襲うのはそうたやすくなさそうだ。だがやはり女性が鍵もかけずにこんな場所に……」


 私が勝ったというのに、彼は納得してくれなさそうです。しかし、勝負までしたのに納得しないとは、往生際の悪い人ですね。私は少し呆れました。でも……一人でいることが問題だというなら、解決策がないこともありません。私は少し考えました。


「ではルミエさん。貴方が一緒にいてください」

「何!? いや、しかし……私は男で、君は少女で」

「二十三です!」

「あ、すまない、君は女性だ。それこそ問題だろう」


 ……面倒ですね。私は少し眉をひそめました。ですが、夜間でも私がいる場所ははっきりさせておくべきです。であれば、護衛ができる騎士団長を傍にと思いましたが、こんな場所で男だの女だの……私はため息を吐きました。人間って、こういうことにこだわるんだなって。


「わかりました……ですが、負傷者が出れば私の部屋を必ず訪ねてください。そういうことなら、救護室でなくても構いませんし、部屋の鍵もかけましょう」


 結局、私が妥協することで話がまとまりました。この人は何のために私に殴られたのでしょうね。私は少し苦笑しました。ルミエさんに案内された部屋は、豪華とは言いがたいですが、洞窟を拠点にしたり、茂みの中で眠っていた頃を比較すれば、雲泥の差……いえ、さすがに野外は比べるのもおこがましいですね。私は部屋の木の床を見ながら、少し安心しました。


「ベッドとクローゼット。それから簡易的な机しかなくても申し訳ない」

「……いえ、寝られれば良いのでこれで十分です。救護室からは少し遠いですが、問題ないでしょう」

「すまないな」

「いえ、では私はこれで。おやすみなさい」

「ああ、おやすみメアリー」


 そう言って、彼は私の部屋から出て行きました。私はドアが閉まる音を聞きながら、少し部屋を見回しました。……クローゼットですか。私は服を浄化して綺麗にしているのですから、不要なのですが……たまには違う服を着るのも……いえ、旅に不要な荷物は無意味ですね。私はクローゼットに少ない服や下着をしまうと、ベッドに横になり眠りにつきました。硬いマットレスが少し軋む音を立てて、でも、静かな夜に包まれるのは悪くないなって思いました。

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