1話 お店で
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二人の姉妹は足が好きでした。
とりわけ美しい女性の足が大好きでした。
古い街並みの軒下で、二人は並んで座っておりました。
その日は陰鬱な雨の日で、この古い靴屋も昼間から蝋燭の明かりを灯しております。乏しい明かりはつかず離れず、ところどころで店内を照らし、茶、黒の皮靴から色とりどりに塗られた木靴、エナメルで輝くダンス靴を暗がりにぼんやり浮かびあがらせます。靴たちが一斉に立ち上がり踊り出せば、どんな愉快なパーティーになったことでしょう。
けれど冷たい雨のせいで店の窓ガラスは曇り、折角のショウウインドウも役には立っておりませんでした。その上、二人の姉妹のつま先は外に向いていたのです。薄暗い雨を見ていると、憂鬱にならざるを得ませんでした。
赤い妹はため息をつきました。
「ねえお姉さま。私達どうして誰も手にとって下さらないのかしら」
「私達が美しすぎるせいよ、かわいい妹殿」
赤い姉は、なんでもないことのように応えました。
「今日が雨だから不味いなんてことは無いわ。晴れていても何の関係も無い。だってこの忌々しい硝子ごしに羨ましそうな視線を送る人はいても、このすぐ側の札を見ると、皆首を振って去っていくじゃないの。いったいこの札には、どんな呪いがかけられているのかしら」
札の背しか見られない姉妹には知りえないことでしたが、窓の外に向けられた素っ気ない札には二人の、目の飛び出るような値段が書かれていたのでした。
擦り切れたラジオの音が、突如盛大な雨音にかき消されました。
誰かがその重い樫の戸を開いたからでした。
「この中で一番上質な靴を売ってちょうだい」
開口一番、張りのある声で老婦人が言いました。
「男の靴に用は無いの。この子によく似合う靴を選んでちょうだい」
暗い赤のコートに身を包んだ老婦人の陰から現れたのは、上質な黒い布に包まれた金髪の少女でした。
「あの子、いいんじゃないかしら」
妹が囁くと姉は鼻で笑いました。
「駄目よ。いい? 私達にぴったりなのは、美しい足よ。まず偏平足じゃいけないし、親指が大きすぎても小さすぎても嫌だわ。甲に毛が生えているのは論外。水虫タコイボ全部お断り。しなやかで伸びがあって張りがあって、その上ちゃんと全身美しくないと」
「それなら少なくとも、最後の部分はもう当てはまってるわね」
傲慢な姉の言葉をたしなめる妹の言葉に、魂の片割れはうなずくしかありませんでした。
「確かに。あの子なら私たちにつり合うかもね」
出来る限りそっけなく言ったつもりですが、それはさほど効果はありませんでした。
何故なら姉も、彼女に履いてもらえたらいいなあと思っていたからでした。
謎かけの答えは、もうおわかりでしょう?
二人の姉妹は赤い靴なのです。
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赤い靴 白石薬子 @julikiss
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