1日が24時間と1分になった3つの世界の物語

土岐三郎頼芸(ときさぶろうよりのり)

その1 お互いに欲と意地を張った世界

  20XX年4月1日。大接近した小惑星が地球と衝突するのはギリギリで回避された。


 人類がなにか対策をしたわけではない。ただ単に運よくその小惑星の軌道が地球の公転軌道ギリギリ簿妙な位置をかすめて遠ざかってくれただけだった。隕石落下も、地震も津波も火山噴火も、気候の激変も起こらなかった。


 地球は滅亡を免れて、人類は生き延びたのだ。


 全世界の人々が手を取り合って歓喜した。


 人類はその裏で起きていた事態にはまだ何も気が付いていなかった。それもそのはず。それは人間が体感で感知できるようなものではなかったからだ。


 最初に気が付いたのは、当然のことだが世界中の天文学者たちだった。


 地球から観測される全天体の見かけの位置が天球上でマイナス1/4度だけずれていたのだ!


 もちろん、そのことを天文学者たちは政府なりマスコミに報告した。だが反応は思わしくなかった。


 天体の見かけの位置がマイナス1/4度だけずれていた? それがどうしたというのだ!


 天文学者たちはその意味するところを説明した。要は地球の自転が1440分の1だけ遅くなってしまったのだと。つまり1日が24時間から1分だけ長くなり、この日は1日が24時間と1分だったのだと。


 小惑星衝突による地球滅亡を回避できた人類にとってはそんなことは余りにも些事に過ぎなかった。小惑星があそこまで近づいたのだ。いろいろなことが起こってもおかしくはないと。


 その日、1日が24時間と1分になった、たったそれだけのことだ。


 1日がたった1分伸びたからってそれがどんな意味を持つというのか? そんなの誤差のうちじゃないか? たしかにそれがたったその日1日だけのことならば大きな問題ではなかったかもしれない。


 だが、次の日も天体の見かけの位置はさらにマイナス1/4度ずれて、合計1/2度のずれとなった。天体の見かけの位置は毎日本来あるべき位置よりもマイナス1/4度ずつ、どんどんずれていった。


 それが意味するところは明白だった。地球の自転が遅くなったのは1日だけのことではなかった。地球の自転は1440分の1だけ遅いままだった。


 天文学者たちは言った。これは地球の自転の恒久的変化であると。つまりこの先、地球の自転は以前よりも1440分の1だけずっと遅れたままだと。


「うんとわかりやすく言うと、なにも対策をしないで現在の『時刻』を使い続けると、1年後には日の出や日の入りが6時間も遅れることになり、2年たつと日の出や日の入りは12時間遅れて昼夜が完全に逆転することになります」


 これはたしかに大問題だ。各国政府としてもさすがにこの「時差」問題について対策をとらざるを得なくなった。


 いくつかの案が出された家で最も有望な案は「うるうふん」を1分加えて時計の針を毎日1分間遅らせようというものだ。具体的には23時59分の1分後は00時00分であるが、この間に00時00分とは別の24時00分という時刻を1分間加えることで現在の時刻と自転の遅れによる昼夜のずれを解消していこうというものだ。


 この案なら夜の時間が毎年365分も増えるので、夜きちんと眠れば年間の睡眠時間が6時間と5分も増えので健康にいいですよとアピールされたこともあり、この案は多くの人々にかなり好意的に迎えられた。


 こうして全世界で24時00分という、うるうふんが加えられることになった。

 

 だが、一部の人々からは注文が付いた。


「うるうふんとなる24時00分を加えるのはかまわない。だがその1分の労働に対する正当な報酬を要求する。我々はステルス搾取さくしゅに断固反対する!」


 深夜のシフトで勤務する機会がある人々が声を上げたのだ。


 1日1分だとして週5日年間50週働くとしたら、年で250分=4時間と10分、いつのまにかタダ働きさせられていることになる。こんなバカバカしいことはないとして、世界各国の労働組合や夜勤勤務がある個別の労働者が賃上げを要求した。


 だが、多くの経営者たちは業績が上がったわけではないのに、たかだか1分のことで何で賃上げするのか意味が分からないとしてうるう分の賃上げを拒否した。また、各国政府も民間がこのような状況な中でで公務員だけ優遇する明けにはいかないとして、うるう分についての賃上げを拒否した。


 ただ働きを強要された全世界の労働者たちは、うるう分1分の労働報酬を得る権利のために団結した。そう、インターネットで結ばれた全世界の労働者たちは、資本家や権力者たちに反旗を翻した。


 民間も公務員も含む、全世界の労働者たちは毎晩、24時00分から00時00分までのうるう分の1分間だけ限定だけど無期限のゼネストに突入したのだ。


 労働者たちはそのうるう分の1分間、全ての勤務を放棄することにしたのだ。


 24時00分から00時00分までという今までに法的に存在していなかった時間だ。雇用契約でもその時間帯に勤務すべきと書かれているものは存在しない。そんな時間に勤務しないことを理由に罰則の下しようはないというのが根拠だった。


 深夜の運輸流通にはこんな影響が現れた。その1分の時間帯、地上の運輸業は鉄道も貨物トラックも深夜バスも全てその場で一旦停止した。そして1分過ぎてから運行業務が再開された。そのため鉄道ダイヤの大幅な乱れと、各地で渋滞が発生することになり交通に問題が起き始めた。


 問題はそれだけではなかった。

 

 深夜のコンビニエンスストアでは、1分間売買できないだけならまだ問題はなかったのだが、万引きや強盗に対してもその1分間だけ、従業員やアルバイトはなにも反応しなくなったのだ。万引きや強盗のやりたい放題になった。その時間はもちろん通報もしないのだ。なぜならその1分間は警察官も仕事をしないので電話には出てくれないから無駄なのだ。


 うるう分の1分は犯罪者たちのゴールデンタイムとなり、治安が一気に悪くなった。


 そんなことじゃいけない、平和と安全のために1分間ゼネストをやめよう! などとテレビやネットで訴えた有名歌手は、だったらおまえも無料で働けと深夜に過激な運動家に押し掛けられてうるう分の1分間の無料パフォーマンスを毎日強要されてネットでさらされた。以後、そういった主張をする有名人はいなくなった。


 このほか、深夜のうるうふんに今まで通りに、つまり無償のサービス残業的に働こうとすれば、密告者に通報されて過激な運動家たちに襲撃妨害されるようになった。そのため、たとえ病院であろうとなんであろうとその時間に人前で仕事をする者はいなくなった。


 経営者団体や政府はそこまで問題がこじれてようやく、うるう分の分の労働に対する報酬を払うことを決めようとした。


 だが、そのとき別の提案がなされた。


 どうせうるう分を入れるのなら昼間に入れたらどうだろうか? 例えば、11時59分と12時00分の間に11時60分という、うるう分を1分入れるのだ。


 昼間の方が深夜手当分は払わなくてよいから賃金が発生したとしても少し安くつくし、業態によっては昼休みを1分延長すれば賃上げの必要もない。


 何と言う素晴らしいアイディアであろうか!


 その上これで深夜の1分間ゼネストも、無事解決されて治安も良くなるというものだ。


 その案は経営者たちや各国の政府関係者だけでなく、一般市民、特に夜勤のシフトがない労働者たちや夜勤だけでなく日中もシフトがある労働者もよければ収入増、悪くても休み時間が増えるので賛成した。


 新うるうふん12時60分制定及びうるうふんの賃金支払い義務または休憩時間延長義務についての法案が各国議会を追加して立法化された。


 ところが、それで面白くないのは過激な1分間ゼネストを行ってきた深夜勤務の労働者たちだ。自分たちの運動の成果を、自分たちが勝ち取るべきだった報酬を、経営者たちや政府関係者たちが何もしなかった昼間勤務している労働者たちに分け与えるというのだ。こんな不公正なことがあろうか。


 夜間の労働者たちは自分たちこそがその報酬を受け取るべきだと抗議して今度は1分間と限定されない無期限ストを行った。


 だが、経営者たちや各国政府は今さら、法的根拠もなく、また多くの有権者を敵に回して、うるうふんを24時00分に戻すこともできないでいた。


 無駄な時間だけがどんどん過ぎて行った。


 そのためゼネストが長引き、今度は陸と空、そして海の運輸流通が本格的にマヒした。結果、コンビニやスーパー等の小売店から商品がだんだんと消えていき、ガソリンスタンドからは燃料も消え、卸売の市場から生鮮食品も消えていった。


 生きるため、無策な政府はあてにできないと、食糧と燃料を手に入れるために世界各国の人々は暴徒と化していった。


 各国の治安と経済がさらに悪化した。


 世界的な混乱と恐慌の始まりである。


 ここまで事態が進むともはや簡単には運輸や流通のインフラの再建は不可能となってしまった。


 アジアにある、膨大な人口を抱える某国では政府が有無を言わせず労働者たちに、うるうふんの自発的無料奉仕を行わせてきたおかげで、当初国内的には問題がなかった。


 ところが、国内の経済を支えるのに必要な輸入分の燃料が他の国の運輸流通の問題のせいで、輸入が滞り、深刻なレベルで不足し始めた。


 政府が強大な権力でそれを何とか抑え続けていたたが、国民の強い不満が溜まってきた。人口大国で多発的に大暴動が発生したら、いくら強権政治でも収拾できたものではない。このままではジリ貧で政権崩壊の危機である。


 そのため某国政府は思い切った手段に出た。


「十数億の民の人道的な要望」と称して燃料を算出する各国に燃料の速やかな供出と自国までの輸送を一方的に要求したのだ。我々の国には燃料は不足しているが、長距離弾道弾と核兵器はありあまっているとの但し書きを添えて。


 もはやただの恫喝であり、恐喝である。


 そのおかげで某国国内では、政府の支持率は目覚ましく上昇して政権崩壊の危機は去った。


 ところが、そんなことを言われても輸送流通インフラが崩壊しつつある諸外国は某国のような強権政治の国ばかりではない。強制的にゼネストを終わらせて、輸送や流通を正常化できるのならば、とっくの昔にそうやっている。


 また、同盟関係にあった国だったとしても、自国を犠牲にしてまで燃料を輸出できるはずもない。


 要求を突きつけられたほとんどすべての国はごく常識的な反応を示した。


 某国の要求を正式に拒否したのだ。


 追い詰められた某国はそれを宣戦布告とみなした。


 手始めにそれほど軍事的には脅威ではない、燃料を算出する国に見せしめとしてミサイルによる攻撃を行った。


 核は積んでいなかったにも関わらずそのミサイル攻撃は甚大な被害をもたらした。


 世界各国は当然それを非難して国連で某国に対する制裁決議が提案されたが某国自身による拒否権で否決された。


 某国はまた、要求が満たされないなら、国民の生存のためには資源を求めて自国そのものを拡張するしかないと宣言。周辺の資源国へ軍事的侵攻の意思を明確にした。


 単独でも某国に充分に対抗できる世界最大の軍事力と経済力を持つ大国は、世界秩序(大国にとって最も有利なという但し書きがつくのだが)のため、これ以上某国の好き勝手にさせておくわけにはいかなかった。


 大国は某国に宣戦布告をするとともに同盟国に同調することを求めた。長距離弾道弾と核兵器がありあまっているのは某国だけではないし、加えて大国は莫大な燃料もあるのだと。


 こうして第3次世界大戦が始まった。


 双方引に引けない状況で某国は、本気を示すとともに和解の可能性も踏まえて大国本土ではないが軍事拠点である島嶼部を核で攻撃した。手を引かないと次は本土だという警告の意味を込めて。


 某国は大国の反応を誤解していた。思い切り痛い目に遭えば、損得勘定で冷静になって一旦引くだろうと。


 それは真逆だった。大国はやられたら3倍返しどころではない。徹底的にやり返さないと国民が納得できないのだ。島嶼部とはいえ自国が核攻撃されたのだ。報復しないだなんてありえない。そう、可能な限り徹底的にだ。


 大国は某国の長距離弾道弾の発射基地と思われる場所及びすべての軍事施設に向けて核による攻撃をかけた。


 某国はそれらの長距離弾道弾の攻撃が迎撃不可能であると判断すると、今後の和平のためには大国にこのような攻撃力を残しておくわけにはいかないと、すぐに対抗措置として大国の長距離弾道弾の発射基地及び可能な限りのあらゆる軍事施設に向けて核での攻撃を行った。対象には大国が外国に展開している軍事基地も当然含まれていた。


 こうして、第3次世界大戦は人類史はじめての全面的核戦争となり北半球の多くの国々に壊滅的なダメージをもたらし、核の冬が訪れた。


 つい1年ほど前には、無傷で小惑星の衝突を避けられた幸運を手に手を取り合って喜んでいた地球人類は、たった1分間のことで欲と意地を張ったせいで、その幸運をふいにして自滅してしまったのだった。


 こんなことなら、うるうふんなど導入しなければよかったとかろうじて南半球で生き残ったわずかな人類は後悔している。


 残念ながらこの地球の生き残った人類に残された時間はわずかなものでしかないであろう。


 

報告者 ተሻጋሪ ታዛቢ ክፍል ๑

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