第43話 生贄の種馬は女の子を見分ける

「ちょっと待て。【炎狐】が女性メスなんて情報はネイト家にもないぜ?」


「イブ、何か変なもの食べて幻覚が見えてる?」


「イブさん、絶兎に乗った影響で見境みさかいがなくなっているのです」


「さすがにバディとして見過ごせない事態」


 ケアルに肩を借りて立ち上がったエミリに続き、ティセラもエネシアもアンジーもイブの正気を疑っている。

 しかし、むしろイブのほうが周囲の反応に困惑している。


「だって男嫌いの絶兎先輩パイセンがずっと乗せてたんだぜ? それによく見ろよ。肩とか腰回りとかモフモフ尻尾とかちょっと色っぽいだろ? 女の子に間違いないじゃん!」


「ベイファール先生にときめいていたヤツが何言ってるんだ」


 エミリの嫌味を聞こえないふりして「十六歳童貞の色欲センサーをナメんなよ」と、イブが身も蓋もないドヤ顔で胸を張る。


「モフモフ尻尾は関係ないよね。ほんと何なの君? ……ずっと昔の話しだよ」


「「「えええ~~っっ!?」」」


 過去に捨てた名が「イリアーナ・トラフ」だと、溜息をつきながらイアンは自身が女性メスであることを認めた。


「隊長、マジっすか……」


「俺全然気づかなかった……」


「確かに風呂や水浴びも単独行動が多かったな……」


「「「(知ってたら口説いてたのに!)」」」


「君たちうるさい。やっぱりこいつらの命は保障しなくていいや」


「「「隊長~~~!」」」


 イアンを囲む部下たちにとっても寝耳に水の情報だった。

 色々事情があるから深入りするなと、イアンは殺気を纏わせた氷の微笑で周囲に釘を刺す。


「もしかして内緒だったか? だったら悪い。謝るよ」


「まったくだ……これは責任を取ってもらう必要があるね」


 イアンはサングラスを取ると、いつもの冷たい視線を少しだけ柔らかくしてイブを見つめる。

 イアン自身は気づいていないが、その橙黄色の尻尾がゆっくり左右に揺れている。


「それで、僕は何をすれば――」


「大変だ! 市街地で傭兵団が暴れてる!」


 イアンの言葉が終わらないうちに、急を知らせる伝令が駆け込んでくる。


「どこの傭兵団ですの?」


「『スパーダ』の団旗を掲げてる!」


「な……!」


 全員が一斉にイアンとその部下たちを見る。その目は裏切り者に向けられるような憎悪を帯びていた。


「ごめん。その話は初耳なんだけど」


「卑怯な……お前たちは陽動か!」


「汚ねえ手を使いやがって!」


 困惑するイアンに悪態をつくルジアとエミリ。他のものもイアンたちへの罵倒を口にする。

 投降した手前イアンたちに発言権はなく、浴びせられる罵詈雑言を黙って聞くしかない。


 追討ちをかけるように、北の集落に現れたのがヴィーテの偽物だったこと、さらに東の戦線にはダークエルフの一個師団が向かっていることなど、立て続けに悪い知らせばかりが届く。


 その都度自分たちに向けられる刺々しい言葉に、イアンは返す言葉を持ち合わせていなかった。


 イアンの部下たちは、本来はここを五十人で襲撃するはずで自分たちも知らなかったことを伝えるが、悪意に包まれた雰囲気に呑まれやがて黙り込んでしまう。


 イアンが言い返さないのをいい事に生徒たちの非難ヘイトはヒートアップしていく。


「てめえらやかましい!」


「あんたらうるさいよ!」


 全く同じタイミングで声を上げたイブとティセラの迫力の前に、全員が驚いて口をつぐむ。

 二人は思わず顔を見合わせ、ティセラはくすっと笑ってイブにこの場を譲る。


「どう考えても、こいつらもハメられてんだろうーが」


 イブの言葉にエネシアとケアルが刮目する。


「エネシアはどう思う?」


「わ、わたしなのです!?」


 ティセラは、この状況で絶対の信頼を寄せるエネシアに判断を仰ぐ。

 そんなティセラの期待に応えようと、エネシアは眼鏡をくいっと上げて状況を整理する。


 北の集落に現れたのがヴィーテの偽物だったこと。

 東の戦線に援軍が現れたこと。

 学園の襲撃が陽動だったこと。

 本物のヴィーテとスパーダ本隊がヘレンシア市街地に現れたこと。

 本来、傭兵だけで里に攻め込むような戦いはしないこと。

 ――全ての状況を眼鏡の奥で計算していく。


「これは総攻めに誘い受けを絡めるのパターンなのです」


「やっぱり? だと思った!」


「俺も最初からそう思ってたぜ!」


 エネシアの答えに即答するティセラとイブ。

 しかしクエスチョンマークになっている二人のアホ毛が、意味は分かっていないことを物語っている。


「イブ、説明して」


 アンジーが純粋な目でイブを見つめる。


「え、そりゃアレだよ……『ガンガン行こうぜ!』的な感じじゃね?」


「だいたい正解なのです」


「よっしゃ! 勘が当たった!」


「全然分かってないのは分かった」


 アンジーの残念そうな顔にイブは頭を掻いて誤魔化す。

 その様子に苦笑しながらエネシアが説明する。


「恐らく好きなだけ暴れて戻るヒットアンドアウェイ……狙いは警備が手薄になっている大本営と思うのです」


「え、それって……」


 ティセラの上擦った言葉に頷きながらエネシアが続ける。


「急がないとラーズ様が危ないのです!」


 里長さとおさのラーズを殺すことができれば大成功で、ケガや何らかのダメージを負わせることが出来れば上出来。

 無事だとしても、傭兵団に里の中枢を荒らされた事実は確実に里の威信を地に落とす。

 そうさせないため、エネシアは眼鏡の奥で数手先まで戦略を練っていく。


「大将ヴィーテの首を獲るのです。そのためにイブさんにお願いしたいことがあるのです」


「おう。特攻ぶっこみなら任せとけ」


 イブの言葉に首を横に振るエネシア。


「イブさんにはをお願いするのです」


 奇しくもエネシアが、銀髪秘書のサンディと同じ言葉を口にする。


「盾役?」


「作戦を説明するのです――」


 エネシアはイブを含む正門守備隊を集め素早く指示を飛ばす。

 少し離れたところで聞いていたケアルが、その作戦に目を丸くする。


「よくそんなことを思いつきますわね……ではこれをお持ちになって」


 ケアルはそう言うと、自身の弓と残っていた二本の矢をエネシアに託す。


「あなたの膂力りょりょくでしたら、きっとお役に立ちますわ」


「え、それは……」


「わたくしは存じてますわよ。あなたのを」


「……ありがとうなのです。では有り難く借りるのです」


 ケアルや二人の従者を含め裏門守備隊の殆どは怪我人のため、投降したイアンたちの見張りも兼ねて残ることになった。


「日和ってるヤツいる? いねえよなあ!」


「何でイブが仕切ってんだよ」


 絶兎に跨がり金属バットを担ぐイブに、頭に包帯を巻いたエミリがツッコむ。

 イブがニヤリと笑い、白い特攻服とっぷくを翻してケアルに告げる。


「んじゃ、行ってくるぜ。!」


「……!」


(わたくし、このヤンキーに認められましたの!?)


 ケアルにとって『総長』という呼称は最大限の賛辞だった。

 イブを乗せた絶兎を先頭に、続々と市街地に向け走り出す騎馬たち。

 その姿を見送るイアンが苦笑しながらつぶやく。


「まったく絶滅危惧種のくせに……あれ、一体何なの?」


 ケアルはイブの後ろ姿を、うっすら涙を湛えた目で追いながら答える。


「どうしようもない、ただのヤンキーヒーローですわ」

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