第41話 生贄ヤンキーはバックレたい

「おるあぁっ!」


 ギインッ! という鈍い金属音を響かせ、イアンの一撃を弾いたのは『金属バット』。

 驚くケアルとイアン。


(――まさか――ですの!?)


 ケアルとイアンが揃って目にしたのは、絶兎に跨がり金属バットを肩に担いだイブの姿だった。


「……牧瀬イブ! どうしてここに?」


先輩パイセンに頼んで連れてきてもらった」


「手段ではなく理由を聞いていますの!」


「ま、バックレようかとも思ったんだけどさ……」


 イブは周囲に転がっている生徒や講師の姿を確認し、紫メッシュの髪をオールバックに撫でつけながら続ける。


「自分の学校の生徒がケガさせられて、黙ってたらヤンキーの名折れじゃん?」


「……あなた、本当にどうしようもないヤンキーですわね」


 自分のピンチに駆けつけ救ってくれたヤンキーが目の前にいる。

 ケアルが漫画の中で憧れ、夢にまで見た紛れもない本物のヤンキーヒーローが確かにそこにいる。


 ケアルはどうしようもない胸の高鳴りを抑えきれず目に涙を浮かべている。

 いつもの射殺すような視線とは全く違う熱を帯びた眼差しに、イブは少しだけドキっとする。


 珍しく驚きの表情を見せていたイアンだが、深いため息と共にいつもの氷の微笑を纏い直す。

 

「ふぅ~~……また君か。そんなふざけた格好で何してんの?」


「あ、この誤字は俺のオーダーじゃないぜ?」


 イブが大げさな動きで、特攻服とっぷく背中の刺繍バックプリントをイアンに見せつける。


天下一品それはいいんだよ。僕も好きだしね」


「お、気が合うね」


「それで、何しに来たのか聞いてるんだけど」


「それはこっちのセリフだ。ここは『ヘレンシア学園』の敷地だぜ? 入学希望なら、年齢も種族も問わないらしいから一緒に勉強しようぜ!」


 そう言いながら、イブがちらりとケアルに視線を送る。

 このイブのを正しく理解したケアルは、その場から離れ仲間の応急手当に向かう。

 イアンも敢えてそれ以上追うことはしない。


「素敵な申し出だけどちょっと無理かな」


「何だよ、勉強嫌いなのはよくないぜ?」


 その場の全員が心の中で『お前が言うなッ!』とツッコむ。


「捜し物を取りに来ただけだから……でも捜す手間が省けてよかった」


「捜し物?」


 イアンは真っ直ぐイブを指さす。

 その様子を見たケアルは、自分の予想通りの展開に鼓動が速まる。


(やはり捜し物は、生贄なまにえの牧瀬イブですの!?)


「その絶兎ウマ、僕のだから返してもらえるかな?」


「え、マジ? これあんたの馬?」


「そう、僕の絶兎。ようやく見つけたんだ……さっさと降りて返してくれない?」


 絶兎を捜していたとはこの場の誰も想像だにしなかった。

 しばらく考え込んでいたイブが、両手で拝む格好でイアンに謝罪する


「悪い、今どうしても先輩パイセンの力が必要でさ。その話しはこの戦いが終わってからでいいか?」


「……この戦いはその絶兎ウマを取り戻すためにやってるんだけど」


「だから、その戦いが終わってから絶兎の話しをしよう、って言ってんじゃん。俺らの戦いが終わるまで待っててよ」


「…………?」


 イブの口車に乗って煙に巻かれそうになるイアンが、思わず腕組みをして考え込んでしまう。

 イブとイアンのやり取りをヒヤヒヤしながら聞いていた周囲の者も、全員がイアン同様頭の上にクエスチョンマークを載せてている。


(((お前は何と戦っているんだ――?)))


「イブ! 大丈夫なの?」


 そこにティセラやエネシア、アンジーを含む正門守備隊が駆けつける。

 厩舎で叫び声を聞いたイブが、ルーに頼んで呼びに行ってもらったのだ。

 イブがちらりと視線を送り、ことを確認して答える。


「悪いティセラ! 今のとこ大丈夫!」


「イブさん、初めてなのにちゃんと乗れてるっスね」


 元気に手を振るイブを見て一同は安堵した。


「……初めて?」


「あ、うん。今日まで全然乗せてくれなくてさ。いま初めて乗ってる」


「!」


 イアンにとって最も衝撃的な言葉だった。


 戦場で自分以外の者を乗せたことも意外だったが、初めて乗ったが自分の攻撃を弾ける場所に絶兎をねじ込んだ――その事実にイアンは驚きを禁じ得ない。


 イアンが自らの愛馬として戦場を共に駆けていた時代でさえ、自分以外にそんな器用な真似が出来る者はいなかったのだ。

 絶兎という馬はそれほどクセが強かった。


「……で、僕はもう行きたいから君のこと殺してでもその馬を取り返したいんだけど?」


先輩パイセンに直接聞いてみてよ」


 ――だが断る!


「……だって」


「変なアテレコはやめてくれない?」


「あ、バレたっスか?」


 絶兎の後ろからひょっこり顔を覗かせた猫寿人キャッツのルーが、照れ隠しのように頭を掻く。


「じゃあ、勝負しようぜ?」


「勝負?」


 イブの突然の提案をいぶかしむイアン。


「俺も先輩パイセンの前の持ち主に手荒な真似はしたくないから。直接この馬に選んでもらう、ってのはどう?」


 イアンは「手荒な真似はしたくない」という上から目線の言葉に苛立ちを覚えつつ、しかし『強者絶対主義』の弊害から「勝負」という言葉は無視できなかった。


「あんたを選んだらあんたの勝ち。こっちを選んだら俺の勝ち。シンプルだろ?」


「……いいよ。僕がその馬と何十年一緒にいたか知ってる?」


「いや知らねぇ。でもずっと大事に乗ってたんだろうな、ってのは分かる」


 その言葉にイアンは少しだけ驚きの表情を見せる。

 イブはその表情には気づかず「だってカッコイイもんな」と、満面の笑顔で絶兎を撫でる。


「それとさ、もし先輩パイセンがこっちを選んだら、俺の言うことひとつ聞いてくんない?」


「そんな約束する必要ないでしょ」


「ああそっか。自分が選ばれなかったらかっこ悪いもんな。何かハンデいる?」


 イブの強烈な意趣返しに、イアンはいつもの冷静さを失っていた。


「分かったよ。君が選ばれることは万に一つも無い。じゃあ僕が勝ったら何してくれる?」


「よし、生贄として【儀式】を受け入れる!」


「それ君にデメリットないよね?」


「いや確実に死ぬからデメリットしかねえんだけど!?」


 『自分が負けることはない』という絶対の自信から、イアンはイブとの賭けに乗る。

 イブはニヤリと笑いながら、馬上から降りる際に絶兎の耳元でこっそり囁く。


「ニンジン十本、戦いが終わったら持ってくるよ。それと……――」


「馬の耳に念仏って言うし、賄賂はムダだと思うけどね」


 全部聞こえてるよと、イアンが氷の微笑を纏ったままイブに忠告する。

 イブは「バレたか」と舌を出して頭を掻く。


「いま【炎狐えんこ】を取り囲めば倒せるんじゃ?」


「……多分、この人数でも厳しいと思うのです」


 自らの槍をぎゅっと握るアンジーの質問にエネシアが冷静に答える。

 ケアルほどではないが、実技より座学が優秀なエネシアも軍師としての素養は十二分にある。


 現状では足止めが精一杯で、イアンが絶兎を手に入れたら恐らく手が付けられなくなる。

 しかし絶兎がイブを選べば、イアンがここで暴れる理由がなくなるためこれ以上の犠牲者は出さなくて済むかも――。

 これが、今のエネシアがに分析している戦況だった。


 そんなエネシアの横にイブがやって来て肩を叩く。


「信じてるぜ、エネシア」


「え、何のことなのです!?」


「じゃあ始めようか!」


 絶兎を挟んで、それぞれ十メートルほど離れているイアンとイブ。


 絶兎はイアンをじっと見つめている。それはまるで、離れ離れになっていた年月を懐かしく語り合うような眼差しだった。

 イアンも万感の思いを胸に、ようやく出会えた『捜し物』との過去の蜜月な関係を思い返していた。


(やっと僕の元に……これからはずっと一緒だよ)


 そんなイアンの心情を知ってか知らずか、黙ったままイアンと絶兎を見つめるイブ。

 ようやく結論が出たと言わんばかりに絶兎が大きくいななく。

 

 そして動き出した絶兎は迷うことなく、一直線に――歩み寄った。


「よっしゃあ~~っ! あざ~~っっす!!」


「な……!」

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