第24話 生贄ヤンキーは売られたケンカに勝ちたい

 加護衣ヴェーラの無いイブだが、単純な興味からティセラに質問する。


 しばらく考え込んだティセラの答えは、「攻撃や防御の手札が増えるから『複護者クロッサー』の方が苦戦を強いられそう」というもの。


「その通りですよ、ティセラさん」


 いつの間にかイブの背後に立つジスペール先生がにこやかに答える。


「わたしのような才の無いものが第一線で戦えたのも、そのおかげです」

 

 才が無い人は将軍級にはなれませんよと、ティセラが憎まれ口を叩く。

 せっかくなので、イブはジスペール先生に加護衣ヴェーラの鍛錬方法を教えてもらう。


 「身体の中心、丹田に集めた加護衣ヴェーラの生命エネルギーを全身に巡らせるイメージで……」と言われても、肝心の加護衣ヴェーラの感覚がイブには分からない。


「大丈夫。四六時中、常に意識し続けてみてください」


 元将軍級の言葉アドバイスに、イブは少しだけ勇気づけられる。

 ただしヘソ周りを撫でられる絶妙な感覚は色んなテクニックを想像してしまい、少し微妙な気持ちにさせられたのだった。


 続いて武具の稽古。

 これも基本は加護衣ヴェーラと武具を一体化するイメージを持つことで、自分の思い通りに操る。


 持つ者の属性によって威力や速度を高め、硬さや柔軟性を変化させ、熱や冷気を纏わせ、武具本来の持つ破壊力を上げることができる。

 その結果、同じ武器で突いても使い手によって突貫から爆散まで、傷跡は全く異なるとのこと。


「見てもらった方が早いでしょう」


 そう言うとジスペール先生は木棍を二本手に取り、一本を空中に放り投げる。

 そして、手に持った棍を横になぎ払い、落ちてくる木棍を事も無げに両断してみせた。

 へし折るのではなく、業物の刃物で斬ったような鋭利な切り口。


「今のは風の加護衣ヴェーラを使い、剣をイメージした技です」


 イブは、武器の扱いを祖母の道場でそれなりに仕込まれているがこんな芸当はとても無理だ。

 ただの木の棒で『斬る』にはそれなりの鍛錬が必要だろうが、それにしても加護衣ヴェーラの便利さにイブは呆れる。


 続けて、ジスペール先生が棍術の組手をやってみせるという。


「ではティセラさん、相手をお願いしても?」


「いいよ! でも先生、手は抜かないでね」


「こちらこそお手柔らかに」


 ティセラは2メートルほどの木棍を頭上と身体の左右でくるくる回し、右腋に挟んで低い姿勢で構える。その顔は湖の時と同じ笑顔だ。

 対するジスペール先生は、両手で持った木棍を身体の前に立て、ティセラに声をかける。


「いつでもどうぞ」


「それじゃあ……いくね!」


 ティセラの素速い移動と連続の打ち込みを、直立のまま全て受け流すジスペール先生。

 二人の組手はまるでアニメや映画のアクションシーンを見ているようだ。


 上下左右から流れるような棍捌きで攻撃し続けるティセラも相当な腕前だが、それを最小限の動きでいなし反撃するジスペール先生も大概で、見た目には互角の打ち合いに見える。

 

「なあ、こっちも組手やるんで相手してくんない?」


 同じ高等部クラスにいた銀髪エルフの男子生徒に、イブが後ろから声をかけられる。

 懐かしい不穏な空気。翻訳すると「ちょっとツラ貸せや」というヤツだ。

 ティセラの善戦ぶりに血がたぎっていたイブは誘われるまま外に出る。


「一応言っとくが、これは武術授業の一環だからな」


「なんだ、【絶愛法】でも気にしてんのか?」


「地上最弱の絶滅危惧種が、実際にどれだけ弱いのか確認するんだよ」


 ニヤニヤ笑いながら、五人の生徒がイブを取り囲む。


「一応確認するけど、全員男だよな?」


「それがどうかしたか?」


「いや~、この国の女の子は強いから。弱そうな男ばっかりでよかったと思ってさ」


 エネシアにぶっ飛ばされたことを根に持っているわけではないが、イブの言い草に五人のボルテージが上がる。


「てめ……ザケンな!」


 完全に頭に血が上ったまま殴りかかってきた銀髪エルフに対し、イブはカウンターの右拳で動きを止め腹部に右膝をたたき込む。

 イブはそのまま、膝が折れた相手の顔面に左拳をめり込ませて銀髪エルフを沈黙させる。


「な……!」


 続いてイブは、一番強そうな金髪エルフの腹部に一発。金髪の右拳を避けつつ、左拳を顔面にお見舞いするが、少しよろけただけで倒れない。

 これが加護衣ヴェーラを使った防御なのかとイブが戸惑っていると、別のエルフに後ろから抱きつかれその動きを止められる。


「野郎のハグは遠慮しとくぜ!」


 力業で相手の腰を抱え、頭から地面に叩きつけ失神させる。


「あらぁ~? これってぇ~どういう状況なのぉ~?」


 イブがどうにか三人目を殴り倒し、残り二人と殴り合って――というか防戦一方になって――いるところに、騒ぎを聞きつけ厩舎から様子を見に来たベイファール先生がやってくる。


 本気で殴られるとその重さが身体の芯まで響く。逆にイブの攻撃は立て続けに数発叩き込まないと効かない。加護衣ヴェーラの恩恵をまざまざと見せつけられる。


「イブ!」


 道場から出てきたたティセラが尋常ではない様子に声を上げる。

 助けるつもりで駆け寄ろうとしたティセラを、イブが手を挙げて制止する。


「ただの組手だから大丈夫だいじょーぶ」


 笑顔でそう告げると、油断して気を抜いた一人の鳩尾みぞおちに渾身の後ろ蹴りをお見舞いする。

 「グボゥッ!」という声を残しうずくまったまま動けなくなる。


 振り向きざま、最後に残った金髪エルフの顎先にかするよう、左拳でフックをたたき込む。

 よろけた金髪エルフは、しかし強引にイブの服を掴み、力任せに地面に叩きつける。

 頭部をしたたかに強打したイブは、ぐわんぐわんする頭で目の前の視界がぼやける。


「痛ってーなこの野郎」


 強がりながら立ち上がると、相手も足にきている様子。


「クソ人間が……その傷じゃ手も足も出ねぇだろうがよ!」


 口汚く飛びかかってきた金髪エルフの顔面に、イブがカウンター気味の頭突きを喰らわせる。


「手も足も出ねぇけど、頭は出せるんだよクソエルフ!」


 いくら加護衣ヴェーラで外側を強化してもダメージが通る原理は同じ。

 【絶愛法】を無視しまくった金髪エルフはズルリと崩れ落ち、ひっくり返ったまま動かなくなる。


「売られて買ったケンカは必ず勝つ。ヤンキーナメんな」


 加護衣ヴェーラで硬くするとか反則だろと思いつつ、その有用性を思い知らされたイブ。

 口中の血を吐き出し、殴りすぎて痛めた拳で顔の血をぬぐいながら道場に戻る。


 ティセラがイブに駆け寄ろうとするも、脇を走り抜けた初等部の子どもたちに先を越され立ちすくむ。

 キラキラと尊敬の眼差しを向けてくる子どもたちに囲まれ、イブはまんざらでもない気になる。


「すごい!あれ全部やっつけたの?」


「お兄ちゃんつよーい!」


「お兄ちゃんえろーい!」


「早く【儀式】でヤっちゃいなよー!」


 いや後半のコメントおかしいだろ?

 これだからエロフの里のマセガキは油断できねぇ。


「ほんとねぇ~加護衣ヴェーラが無いのにねぇ~」


加護衣ヴェーラが無い……か、そうですか……」


 いつの間にか、ベイファール先生がジスペール先生に寄り添うように立っている。

 考え込んでいたジスペール先生が、顔を上げイブの方を向く。


「イブくん、ひとつアドバイスしてもいいですか」


「なんすか?」


 そう言うと、ジスペール先生はティセラから木棍を受け取り、イブに向かって放り投げる。

 イブが掴もうと手を伸ばすも、拳の痛みで落としてしまう。


「戦闘中の拳の使い方がよくないですね」


「痛ってぇ……はは、目が見えないのによく分かるっすね」


「「「え!?」」」

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