第23話 生贄は武術講義を受ける

 同じ頃、公邸の会議室では、ラーズとイスラを囲んで数人が軍議をしていた。


「……ここの具体的な数は?」


「大小の傭兵団が六部隊、およそ三百人が集まっています」


「まだ増える可能性もありますな」


「東北の里境さとざかい……やはり樹黎人ダークエルフのザクセリンが後ろで糸を引いているのでは」


「そう見せかけた獣人の可能性も捨てきれません」


 その言葉には答えず、ラーズは地図の一点を見つめる。


「これまで衝突していた西の傭兵団は静かダな」


「合流している可能性もあるかと」


「現状、我が軍の動員可能な兵力はどのくらいダ?」


「前線に配備出来るものは、学園の生徒を含めおよそ一千人です」


 この時代の戦争は大規模な軍勢同士の殲滅戦になることは少なく、大半は将軍級同士の一騎打ちで決着する。宣戦布告の際にどういう戦い方をするかを決め、合意の上で正々堂々戦うのである。


 ――というのはあくまで建前。勝つための戦略として、正規軍同士の戦闘の前に傭兵を雇って小競り合いを起こし戦力を削いでおくのが一般的なのだ。


 こうした事情から傭兵団や小規模なテロリスト集団の需要が高く、脛に傷を持つものや様々な理由で正規軍から離脱したものが高額の報酬に釣られ集まる傾向にある。


 ヘレンシアの里の現状はまさにこれで、傭兵団を撃退してもその後にどこかの国から宣戦布告を受ける可能性がある。

 だが、放置すれば好き勝手に里を荒らされ住民の被害が増えるため一定の戦力を割く必要がある。


「最悪を想定し、この里の〝良心〟だけは死守するのダぞ!」


「「「はっ!」」」


 ラーズは地図上のヘレンシア学園を指さしたまま部下たちを鼓舞する。

 イスラは黙ったまま、戦争の行く末を占うかのように天井を見上げ、静かに目を閉じた。



  ◆◇◆



「イブ、一限目どこ行ってたの? 探したんだから」


 翌朝のヘレンシア学園。

 二限目の武術講義が始まる前、ティセラが頬をふくらませてイブに話しかける。

 一緒に登校したはずのイブが一限目の講義をサボったことへの抗議である。

 エネシアとアンジーも一緒に探していたらしく、同様にジト目を向けられる。


「あ~悪い、バックレてた」


「そういうときは、バディにひとこと言うべき」


「巫女にもちゃんと言ってもらわないと」


「ティセラちゃん、それはあまり関係ないのです」


「だーめ。巫女として、ちゃんと生贄なまにえさんを守らないといけないんだから」


「護衛はバディのわたしだけで十分」


「そういうのはイブに触れるようになってから言ってね!」


 イブを挟んでティセラとアンジーが火花を散らしている。

 これが話しに聞く『正妻戦争』ってヤツだろうか?


「ふ……もうそのマウントは取らせない」


 珍しくアンジーが自信満々に胸を張る。


「寮に戻ってからも特訓の続きをした。だから昨日までのわたしとは違う」


「なん……だと……」


「これが特訓の成果!」


 そう言うと、アンジーはイブの短ランの袖を親指と人差し指でちょん、とつまんで……

 ……十秒ほどで指を離し、大きく息継ぎをする。


「アンジーちゃんすごいのです! 自分からさわれるようになったのです!」


「ハァハァ……」


 アンジーは顎に流れた汗を拭い、無表情ながら渾身のドヤ顔をティセラに向ける。

 その様子を見たティセラは無言でイブの右手を持ちあげ、そのままアンジーの左胸に押し当てる。


 手に収まるサイズのほどよい張り。童貞には残酷な感触に思わずイブの身体が反応する。


「「!!」」


 アンジーは声にならない悲鳴と共に一瞬で気を失い、口から白いアンジーが旅立とうとしている。

 『マウントってこう取るのよ』と言わんばかりに、仁王立ちで親指を立てるティセラ。

 斬新なラッキースケベにイブの鼻血も止まらない。恐ろしい子……!


 別の授業を受けるというエネシアにアンジーを預け、イブとティセラは武術道場に向かう。

 稽古着に着替え道場に入ると、大半は初等部の子どもたち。


 中等部や高等部の生徒も数人いるが、イブたちを見ながら感じ悪くニヤニヤしている。

 ちょとシメるか……とイブが思ったところで、六歳くらいのエルフの女の子に袖を引っ張られる。

 積極的なコンタクトは珍しいな。やっぱりガキんちょは無邪気だな、とイブがほっこりする。


「ねえねえ、お兄ちゃんが生贄なまにえさんなの?」


生贄なまにえさんじゃなくて、留学生の牧瀬イブな。夜露死苦ヨロシク!」


 数人の子どもがわらわらと合流してくる。


「ねえねえ、いつ巫女様と【儀式】でヤるの?」


 盛大にずっこけるイブとティセラ。想定外の質問に焦って声が出ない。


(まさかエスティ先生の子どもか? 俺のほっこりを返せ!)


「そんなの発情期にきまってるじゃん」


「でもこのお兄ちゃんエロそう」


「なんで加護衣ヴェーラがないの」


「ゾンビだゾンビ~」


「ゾンビなら生殖行為じゃなくて捕食行為ね」


 どの国でもナマイキなマセガキはいるんだなと、自身がそうだったイブが納得する。

 ティセラはピンと伸びたアホ毛から煙を吐いて顔を真っ赤にしている。


「みなさん、道場では静かにしましょう」


 突然、イブの真後ろで声がした。

 イブが驚いて振り返ると、長身の赤髪ダークエルフが静かに立っている。


 武術講師のジスペール・ラクスター。


 さすがは元将軍級。イブに近づく気配を全く感じさせなかった。

 そして相変わらず長髪に隠れて表情が見えない。


「驚かせてしまったようだ。君が牧瀬イブくんですか? ベイファール先生から聞いていますよ」


 まさか聞いたのは右手で確認されたアレのサイズじゃないよな? とイブが焦る。

 「初めての講義だから少し見学しててください」と言われ、イブは道場の隅でストレッチをしながら様子を眺める。


 どこかの流派の型だろうか。ガキんちょたちが一糸乱れぬ動きと呼吸で、力強く型をなぞる。

 基本的な突きや蹴りはもちろん、拳撃のコンビネーションや連続旋風脚のようなダイナミックな技まで。

 祖母の道場でも同じようなことをやっていたなと、イブは懐かしく思い出す。


「ジスペール先生は、風と木の両方の加護衣ヴェーラを纏う『複護者クロッサー』なんだ」


 ティセラが汗をぬぐいながらイブに教える。

 一段階上の加護衣ヴェーラを発現させる『覚醒者ブースター』は有名な武人に多く、才能と努力次第で到達することが可能らしい。

 だが、複数の加護衣ヴェーラを発現させた『複護者クロッサー』は神の贈り物ギフテッドであり、圧倒的に少数。


「『覚醒者ブースター』と『複護者クロッサー』って、どっちが強いんだ?」

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