第8話 生贄ヤンキーはご挨拶したい

「着いたよ」


 ほどなくして、三人はマルボア家の館でもある里長さとおさの公邸に到着した。

 公園のような広い庭に、屋敷は三階建ての立派なレンガ造り。

 建物の中に入ると教会の礼拝堂を彷彿とさせる広間。

 そして、至る所に槍や剣を携え物々しい雰囲気を醸し出す兵士たちが立っている。


 イブは、兵士なのに薄着の女性の割合が高めなことが嬉し……気になって仕方ない。


「こちらにどうぞ」


 秘書だと言う二人の女性エルフが案内してくれる。

 黒髪に青いメッシュの入ったポニーテールがシグナ・グリファさん、銀髪に朱色のメッシュが入ったツインテールがサンディ・アークさんだと、ティセラがイブに紹介する。


 シグナさんは落ち着いた風貌で、いかにもデキる秘書という印象。一方のサンディさんはギャルっぽい見た目で、秘書と言われたら不安になる。


 二人ともスタイル抜群で、秘書と言うよりメイドのような格好をしている。

 マルボア家全般のお世話係と言うことだが、自己主張の強い腰の短剣から目が離せない。


 あれでキャベツを切ったりするのかと気になるだけであって、決してセクシーな腰周りに見とれていたのではないと、イブは心の中で言い訳をする。


 ティセラは何故かばつが悪そうに、イブと目を合わせないようにうつむいている。

 その仕草にイブは猛烈に嫌な予感しかない。

 一行は廊下の奥、禍々しく澱んだ空気が漏れ出している扉の前で止まる。


「ラーズ様、お連れしました」


「入るのダ」


 中から重々しく貫禄のある声が響く。

 秘書二人がドアを開け、ティセラ、エネシア、イブの順に中に入る。


 ――殺気!


 書類が山積みになった大きめの机の向こう側。

 小太りでちょっと背の低い、銀髪をオールバックにしたエルフがこちらを睨んでいる。


「パパ……睨んじゃダメでしょ」


 ティセラが絞り出すように声を発した瞬間、数枚の書類が宙に舞い『パパ』と呼ばれたエルフが消える。


 ――られる!


 イブが本能的に身構えた瞬間、ティセラに抱きつく銀髪の子犬――のようなエルフのおっさんの姿が視界に入る。


「ティセラちゃん~パパは寂しかったのダ~怒っちゃイヤなのダ~」


「ちょっと、離れてよ!」


愛娘まなむすめを抱きしめて何が悪いのダ~」


 エネシアはこの光景に慣れているのか目を逸らしている。

 だが小刻みに震える肩がその感情を明白に物語っている。


 よく見ると秘書の二人も同様に目を逸らし、肩を震わせ笑いをこらえるのに必死の様子。

 さっきまでの殺気は何だったのか……


「ラーズ様、お久しぶりなのです」


「おお、エネシア……しばらく見ないうちに一段と可愛くなったのダな」


「ありがとうなのです。ところで今日は」


「いつもティセラが世話になってすまないのダな。家族も同然なのだから、もっと遊びに来るといいのダ」


「そうします……それで今日は」


 エネシアの言葉を遮り、ラーズパパは秘書達の方を向いて指示する。


「お前達、紅茶とケーキを用意してあったのダな? 私の分もここに持ってきて欲しいのダ」


「かしこまりました」


「ちゃんと三人分もってくるのダぞ?」


 ん? 三人分?


「パパ、四人分でしょ」


「おお……ティセラは食いしん坊ダな、二人分は欲張りダぞ?」


 あ、なるほど……とイブが察する。

 エネシアがイブに挨拶するよう目くばせする。


「初めまして。俺は牧瀬イブ……」


「ああん? 何じゃ貴様は!」


 イブがしゃべり終わらないうちに、殺気を纏い直したラーズパパが言葉を遮る。


 語尾はどこに置き忘れたんダよ……分かりやすく嫌われているな。


 秘書たちが応接テーブルにケーキと紅茶を並べる。

 ラーズが「ちゃんと雑巾を絞って入れたか?」とOLの嫌がらせみたいなことを言う。

 どう見てもあんたの方が入れられる上司だろ、とは口が裂けても言えない。


「で、イブくん……ダったかな?」


 ラーズが紅茶を飲みながら切り出す。

 これホントに何も入ってねーだろうな?


「殴っていいかな?」


 思わず紅茶を吹き出すイブ。


「パパ! なに言ってるの!?」


「大和では、挨拶に来た男を父親は思う存分殴っていいと聞いたのダ!」


「そんな風習ねえよ!」


「なんダと! ええい、なんでもいいからとにかく殴らせるのダ!」


 秘書二人が慌てて止めに入る。


「一回、ホントに一発でいいから! なんなら先っちょダけでも!」


「ナニで殴るつもりだあんた!?」


 秘書二人に両腕を押さえられ猛犬のようにフーフーと荒い息を吐く。

 この異様な殺気が加護衣ヴェーラなら、イブにも感じられるようになった。


「……取り乱してすまないのダ」


 ようやく落ち着きを取り戻したラーズが、コホンと咳払いしたあとで自己紹介をする。


「可愛い可愛い一人娘のティセラちゃんの父であり、里の長でもあるラーズ・マルボアなのダ」


 役職をついでみたいに言うラーズは、娘を溺愛するあまり自分の立場を忘れているようだ。


「ダが分かって欲しい……巫女として【神託】を受けた娘は、貴様の子を授からねばならんのダ」


 膝に置いた拳をぎゅっと握りしめるラーズの様子を見て、昨日ティセラが言った『子供を産む』という言葉の意味をイブは改めて理解する。

 手塩に育てた娘を手放すつらさを想像しながら、イブはラーズの言葉を神妙に聞いている。


「貴様と一発ヤらんといかんのダぞ」


 いやいや、言い方。


「ワシでさえヤったことがないのにダ」


 当たり前だ、あってたまるか。


「できることならワシがティセラと代わってやりたいのダ……」


 それはこっちからお断りだ。なに言ってんだこのおっさん。


「ようやく……やっと授かった子どもなのダ……よりにもよって……」


 うつむいたまま背中を丸め、悔しさを滲ませ小刻みに震える父の姿。

 俺の両親も生きていたら俺のため同じように涙を流したのだろうか?


 イブにはかける言葉が見つからない。

 ラーズはため息をつき、無言のまま傍らの剣に手をかける。


「良いことを思いついたのダ」


 そんなセリフはロクでもないことのフラグでしかない。


「……貴様を亡きモノにして【神託】は無かったことにすれば良いのダ!」


 満面の笑顔で素速く鞘から剣を引き抜く。

 迷い無く放たれた切っ先が、イブの鼻先数センチ手前で止まる。


「……パパ!」


「……ラーズ様!」


 ティセラとエネシアが蒼白な顔色でやっとそれだけを絞り出す。

 イブは瞬きもせず、真っ直ぐラーズの目を見つめ続ける。


「どうしたのダ? これでも動けぬようなボンクラか?」


 速すぎて動けなかった……のもあるが。


「なんつーか……殺気がなかったんで」


 ラーズは意外そうな顔でイブを見る。


加護衣ヴェーラも纏わぬ出来損ないと聞いていたのダが……」


 ラーズは剣を鞘に収め、イブに向き直る。

 さっきまでの甘々な雰囲気は微塵もなくなり凜とした空気を纏い直している。


「肝はすわっているようダな」


 生贄なまにえとしての覚悟を試したのだと、呵々大笑するラーズ。


「我々にとって、【神託】と【絶愛法】は絶対に守らねばならぬもの……私怨で曲げることはできんのダ」


 その言葉は剣の鞘を握りしめた左手を離してから言って欲しい。


「もうその辺でいいでしょう~?」

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