インプロヴィゼーション

館野 伊斗

第1話 リスカ

 あれは長女が中学3年を迎える春のことです。

 妻と些細なことで口論になりました。

 口論を続けるうちに、妻に非があることがわかりました。

 喧嘩になるには双方に非と主張が存在しますが、今回は全く妻の勘違いだったのです。

 しかし妻は非を認めません。

 困った私が長女に裁定を求めたことが全ての間違いでした。


 長女は小学校で生徒会長を務め。

 中学の入学式には生徒代表挨拶をする程よく出来た娘でした。

 大人しいけど公正な判断が出来る子。

 そう勝手に思い込んで、解決を押しつけた私が悪いのです。


 暫く目を伏せて私の話を聞いていた娘は。

 私を外に連れ出して。

 ママのようなひとにはなりたくはないけど・・・・・・と、予想外にも普段から仲の良い母親を否定するような言葉を発し。

 続けてそれを悔やむように、辛そうに瞳を潤ませました。

 そしてなぜか。

「でも、わたしも、そんなに完璧じゃあ・・・・・・、無くて・・・・・・」

 と、自分を責める言葉が次々と、娘の口からたどたどしく、漏れ出てきました。

「私が・・・・・・もっと、しっかり・・・・・・」

 嗚咽が酷くなり言葉が出なくなった娘の頬を、涙が伝いました。


 そこで初めて私は気づいたのです。

 親の喧嘩に巻き込むにはまだ娘は幼かったのだと。

 そして成長期に入っているはずの娘の体が、異常に細い事に。


 次の日でした。

 娘がリストカットしたと連絡が入ったのは。



◇◇◇◇

 長女の担任に妻と揃って呼ばれました。

 学年主任と保健師さんとで、今後の対応について話しました。

 娘の傷は静脈には届いておらず、命に別状は無かったのですがそこで初めて私は、娘の腕に無数の傷跡があることを知りました。


 娘が小食になっていた事には気づいていました。

 昔のように笑顔を見せなくなったことにも気付いていました。

 話し合いを続けていく内に。

 彼女が生徒会の役務を全て一人でやらされていることが判りました。

 他の学友も教師も、娘なら出来ると任せていたようです。

 しかし実情は、話しがまとまらないので娘が買って出ただけで、ストレスと孤独に耐えていたと推測できました。


 学校の帰り道。

 妻と話しながら帰りました。

 妻は元看護婦で精神科を担当していたこともありました。

 実は妻の手首にも傷があります。

 結婚してまもなくのこと。

 口論となったあと私が外に出た隙に、ハサミで掻き切ったのです。

 ハサミだったので、皮膚だけしか切れなかったのです。

 私はそんなことを思い出しながら、私はこれまであまり聞かなかった、娘の環境の変化を聞いていました。

 妻がささやいた次の一言に。

 私は絶望と寒気を覚えました。


「私、あれは演技だと思うんよ」


 あれ・・とは娘が手首を切ったことの事を言っているのですか?

 つまり、今貴女は、自分のリスカは演技だったと自白したのですね?

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