2. 混沌神の使徒になりました

 ギャルだ。正確な定義はよくわからないけど、ギャルだと思う。


 具体的な特徴を挙げるなら……爪かな。長い爪は鮮やかな赤色だ。あと、髪の毛もかな。全体的にはウェーブのかかった金髪だけど、部分的に別の色が混ざっている。服装も奇抜……というか、僕の知っている一般庶民とは違うと思う。首周りが広いシャツを来て、肩が片方出ちゃってるし。


「おーい。あれ、聞こえてない?」


 突然のギャルにびっくりしていると、推定ギャルのお姉さんが首を傾げながら僕の目の前で手を振った。おっと、いけないいけない。返事をしないと。


「ええと、僕ですか?」

「そうそう、キミ。こんなところにいるってことは“神授の儀”を受けに来たんじゃないの?」

「あ、はい。そうですけど……実は何をどうすればいいのかわからなくて」


 素直に告げると、お姉さんはニパッと笑顔を浮かべる。


「そーなんだ。それなら、あーしが教えてあげるよ」


 やっぱり、ギャルだ。一人称が“あーし”なのはギャルしかいない。偏見だけども。


「ても、難しいことはないんだけどねー。おんちょー貰いたい神様のところで、儀式を受けるだーけ」


 お姉さんの解説によれば、授かる恩寵は神様ごとにある程度の傾向があるんだって。例えば、軍神チャリオードや武神レングストだと戦いに関する恩寵を授かりやすい、みたいな。もし祈りを捧げたい神様がいなければ、そういう御利益目当てで選べばいいんだって。


 この広場には複数の神殿から神官が派遣されている。祈りを捧げる神様が決まったら、その神官のもとで儀式を受ければいいみたいだ。


「恩寵を授かったら、その神様を信仰しないと駄目なんですか?」

「別にぃ? でも、神様だって、気持ちよく祈りを捧げてくれる人を大事にしてくれそうじゃん? だから、ふつーは、その神様の信徒になるね」


 な、なるほどね。現金な気もするけど、そういうものかもしれない。そうでないとしても、恩寵というわかりやすい形で加護を与えてくれるんだもの、大なり小なり違いはあっても自然に信仰心が芽生えそうな気はするね。


 どうしようかな。今のところ、僕には信仰を捧げたいって神様はいない。となると、恩寵を重視して選ぶって方針になる。けど、どの神様がどんな恩寵を授けてくれるとか、そんな情報知らないしなぁ。


 お姉さんに聞いた武神とかの恩寵はどうだろう。スラム街で生活するのに有利になるかもしれない。


 いや、駄目だね。駄目だ。戦闘系の恩寵なんて授かったら、ピラさんは喜びそうだけど、鉄砲玉にされる未来しか見えない。戦いには向かず、それでいて便利な恩寵がいいかな。


 というか……


「全然人がはけないですね」

「まねー。今回は特に人気の神様が多いらしーよ。恩寵を授かるのは10才以降ならいつでもいいからねー」


 こういう無料で“神授の儀”が受けられる日は半年に一度。そして、毎回全ての神殿が参加するわけでもない。だから、欲しい恩寵がある子たちは10才ですぐに授かるのではなく、数年待つこともあるらしい。今回はちびっ子人気の高い神殿の参加が重なったせいで、普段より人が多く集まってるみたい。


 これは……困ったなぁ。あの人集りじゃ、いつ儀式が受けられるかわからないぞ。僕自身は待っても構わないんだけど、あまり遅くなるとピラさんが怒りだしそうだ。


「もしかしてさ。キミ、困ってる?」

「え? いや、まぁ、ちょっと時間がかかりそうだな、と」

「あーね。人がはけるまで待ってたら、たぶん、夕方までかかるよ」


 ですよねぇ。だって、こうしている間にも、どんどん人が集まってるもの。


 本来ならば、ここでぼんやりしている場合ではない。あの集団に飛び込んで、できるだけ早く順番が回ってくることを祈るべきだ。


 でも、僕がやると、たぶん問題になるよね。市民向けのサービスにスラムの住人が無理矢理突っ込むと間違いなく心証が悪い。下手をすればつまみ出されちゃう。


 と考えると、そもそも僕に神様を選ぶことはできないのかも。人がはけるまで待って、手の空いた神官にどうにかお願いするしかない。その神官だって、スラム住民に儀式をやってくれるかどうかも怪しいものだ。


「じゃあさ、あーしが、ぱぱっとやってあげようか?」

「はい?」


 困っていると、お姉さんがおかしなことを言い出した。やってあげるって……何を?


「はいって言ったね? 聞いたよー? じゃぁ、やっちゃう!」

「ちょっ!? 違いま――」


 今のは、疑問の“はい?”だ。だというのに、お姉さんは肯定と受け取った。勘違い……ではないね。だって、ニヤッと笑っている。さっきまでは“ニパッ”だったのに。何というか邪悪な感じだ。


 止める間もなく、お姉さんがハグをしてくる。なんかいろいろパニックになって藻掻いていると、不意に頭の中に声が響いた。


《汝を我が使徒と認め、恩寵を授ける。世界に混沌を。汝の働きに期待する》


 待って。お願い、待って。


「使徒? 混沌? なんの話!?」

「おー。おんちょーを授かった? 良かったねー」


 混乱する僕をよそに、お姉さんがハグを解く。


「その声は、混沌神カフーラ様の声ねー。カフーラ様は信徒が少ないから、恩寵を授かったらもれなく信徒になれるよ。お得だねー!」


 お姉さんは無邪気に笑っているけど、周囲の反応は酷い。混沌神の名前が出た瞬間にざわめきが起こり、ひそひそと僕たちの方を見て何か囁いている。良く聞こえないけど……って、誰か邪神って言わなかった!?


「混沌神って、邪神なんですか!?」

「ひっどーい。カフーラ様は邪神じゃないよー。一応ギリギリ」

「一応ギリギリ!?」

「ま、お隣の国だと、禁教扱いだけどねー」

「禁教!?」


 僕、とんでもない神様から恩寵を貰ってしまったみたいだ。迂闊に聞き返したばっかりに!


「とゆーわけで、今日からキミはカフーラ様の信徒ってわけ。これからは一緒に頑張ろー! 世界に混沌をもたらしてこー! それじゃねー!」


 お姉さんはハイテンションでまくし立てると、状況を飲み込めずにいる僕を置いて走り去っていた。おそらくは、次の獲物を求めて。

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2024年12月19日 17:05

【悲報】混沌神の使徒になりました。ギャル神官曰く、一応ギリギリ邪神じゃないそうです【朗報?】 小龍ろん @dolphin025025

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