葉巻

胡座

第1話



はじめに



1枚目

その女の幼少期、小学校の低学年くらいの写真だろうか。桜色の鮮やかなランドセルに、何の変哲もない、しかし本人にとっては特別なものであろう模様が描かれていた。曇り一つ無い、まるで晴れ晴れとした雰囲気が漂っている。周りにいる大人、恐らくは母と父だろうが、その顔にも同じような笑顔が浮かんでいて、まるで全てが上手くいっているような、そんな幸せの一瞬がそこに収められている。このような、誰が見ても「幸せそうだ」とか「可愛い娘さんですね」などと口にしそうな、美しい写真だ。なるほど、その写真に写る女の子の笑顔は、何度見てもどこか心を引き寄せられるようなものがある。目が離せない。しかしその一方で、どうしようもなく抑えきれない感情が心に湧き上がる。まるで、自分の中に誰かが住み着いているような錯覚を覚えさせる。なぜだかその少女に対して、微かな妬みのような感情を抱いてしまうのだ。「自分には手の届かない存在だ」とか、「足元にも及ばない」とでも言いたげな、そんな気がしてならない。それは、誰から言われたわけでもない、ただ自分の中で芽生えてくる感情である。






2枚目

この写真の顔は、予想以上に変わり果てていた。制服を着て、どうやら高校生らしい。最初の写真と比べると、緊張感が強く漂っているものの、それでもどこか幼さを残した笑顔が貼り付けられている。だが、よく見れば、目の下に暗い隈が浮かんでおり、口元も引き攣っているように見える。化粧をしているのだろうか、唇は薄い桜色に染まり、眉はきれいに整えられているが、それは不自然に目を惹き、妙に目立ってしまっている。この写真を見た瞬間、私は思いがけずその人物を「人間」としてではなく、「人工物」として見てしまった。まるで生きているものではなく、ただの「物」として、冷たく、無機質に感じられるのだ。






私はこの女に出会ったことは無い。もちろん、この女の下の名前すら聞いたことがない。しかし私はこの事実に安堵した。出会いたくなどなかったのだ。ただこの写真を見るだけで限界だ。会ったことの無い人間にこのような感情を持つのは可笑しいのでは無いかと冷静に考える自分がいる。しかし、そう思わずには居られないのだ。この目を、顔を、表情を見てしまうと。最初は小さな興味だったものが、心を支配されているように感じてしまう。無駄な好意を抱いてしまいそうになり、そして、それがまた不安に変わる。もはや今の私には写真を見た事自体を後悔してしまっている。しかしそれでもなお、私はあの疲れてしまった目をもう一度見てしまいたいのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

葉巻 胡座 @agura73

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ