第2話 隠し事
磨夜と敏郎さんの死が判ってから、私は部屋の灯りも点けず、ずっと記憶を辿っていた。
磨夜との出会いは、磨夜の死から二年前に遡る。
私は当時、勤務先の会社に内緒で副業をしていた。オシャレなカフェ・メニューのレシピ提案や、栄養計算を請け負う仕事だ。
磨夜の両親がデザイン事務所を営んでおり、カフェへの提案依頼を受けていた。塔子さんが営業兼、経理をしていたので、よく顔を合わせていた。
以前から塔子さんは、よく娘の話をしていた。私と歳が近く、雰囲気が似ている、ということだった。
私はいつも、黒やグレー系の洋服を着ている。髪は長く、黒いままで、デジタルパーマで巻き毛風にしていた。他人からは、どことなく、キチンとして見えるようだ。
塔子さんは、私の何を見て、娘と似ていると思ったのだろうか?
茶髪にしていないところ? 黒っぽい服を着ているところ?
だが実際の私は、服装も髪型も、コーディネートや手入れがラクなため、そうしているだけだった。
そんなある日、塔子さんは、
「今日は娘が梅田に出て来て、家族で食事をする予定なの。美鈴ちゃんも来ない? 美鈴ちゃんと磨夜が並んだら、きっと本物の姉妹に見えるでしょうね」
と、言った。予定のなかった私は、快諾した。
朝晩、涼しくなり始めた九月の中頃だったと記憶している。
この時はじめて、塔子さんの娘の名は、≪
だが、私の予想に反して、磨夜は、大変な美人だった。
中学から大学まで女子校で過ごした私は、何人もの美人に遭遇した。その度に、羨ましい反面、自分自身は十人並みで良かった、と思ったものだ。
だが、磨夜の美しさは、私が見て来た美人とは、類が違う。東京に住んでいれば、芸能事務所にスカウトされただろう。いや、単なる女優やモデルでは、ない。
澄んだ瞳の奥は、雪の結晶を思わせた。静かなる狂気と孤独を秘めながらも、他を寄せ付けない、儚げな美しさだった。
現実世界に存在するのに、磨夜の姿だけ、銀幕の映画を観ているような錯覚に陥ったのだ。神々しいと言うか、気品があると言うか、形容しがたい美しさだった。
だが、外見とは裏腹に、磨夜は、よく喋る女性だった。
当時の磨夜は、二十九歳。私は、三十一歳だった。
磨夜は、新卒で大手商社に入社したが、二年で辞め、見合い結婚をした過去があった。
半年の交際期間を経て、結婚式を挙げたが、一緒に暮らし始めて三ヶ月で破綻し、スピード離婚となった。だが、慎重な磨夜は、入籍を先延ばしにしていたため、戸籍上はバツイチでは、なかった。
スピード離婚の決定的な理由は、相手の隠し撮りの性癖に耐えられなかった、とのことだった。磨夜は、証拠を探し出し、相手の両親に突き付けた。幸い、相手の実家が銘家で、OLの年収、十年分の慰謝料を払ってくれたそうだ。
磨夜は、初対面の私に、面白おかしく自身の過去を披露した。
こうして多額の慰謝料を得た磨夜は、表向きは両親の会社の社員になっていたが、働いていなかった。
磨夜は、黒い上質のサマーウールのワンピースを着ていた。差し色に、深紅のバケツ型のカルティエ製のバッグを持ち、エレガントな装いだった。だが、高慢で華美な印象は受けなかった。小さい頃から、良い物に触れて育ったという雰囲気があった。
その後、磨夜と私は、連絡を取り合い、時々、二人で会うようになった。
磨夜は、いつも、デザインの凝った黒い上質の洋服を着ており、深紅のバケツ型のバッグを持っていた。
磨夜一流の
私は、虚栄ではなく、磨夜は、古風で純粋だと思った。
磨夜は、私のプライベートをあまり聞きたがらなかった。
ある時、私は話の流れで、祖母の晩年を語ったことがあった。躁うつ病で、同居していたので、看病や対応が大変だった、といった内容だ。
その後、磨夜は、自身の恋愛相談や、自殺未遂を繰り返すクセなどを、私に語るようになった。
「私はね、自分の顔にコンプレックスがあるのよ。でもね、身体が小さくて細いわりに、胸だけ大きいから、男性の目を惹いてしまうようなの」
と、磨夜は自分が美人であることに、気付いていない様子であった。
例えば、昼間にショッピングモールを歩いているだけで、フリーランスの記者に声を掛けられ、一回り以上も年上の彼氏がいた時期もあった。だが、三ヶ月と持たない。
読書サークルに入ると、年下の文学青年と恋に落ち、また新しい彼氏ができる。だが、また三ヶ月も経たないうちに、別れてしまう。
ある時は、母親の替わりに、大手食品メーカーの営業に出掛けたら、その場で仕事が決まり、広報担当の男性と意気投合して、数ヶ月で結婚話にまで発展した。だが、お互いの両親を引き合わせる段になると、別れてしまった。
といった具合で、恋人の切れ目がない。
私が磨夜と知り合ってから、亡くなるまでの約二年間だけでも、十人近い男性が磨夜の元を訪れては、去って行った。さぞかし磨夜は、恋多き女性だと思えるが、そうではない。
付き合っている間は、至極、真剣に相手に尽くしていた。磨夜が相手に尽くし過ぎて、嫌われてしまう訳でもなかった。
磨夜は、神戸の名門女子大の英文科を卒業しており、教養もあった。家事手伝いという身分であったが、暇を持て余すのではなく、新聞に目を通し、時事問題にも、スポーツ事情にも明るく、流行りの小説や古典文学にも精通していた。
外見は冷たい印象だが、話しが面白く、よく笑うので、そのギャップが男性受けするのだろう、と私は思っていた。
彼氏が常にいるのだから、女友達はいらないだろう、と思えるのだが、週に一度は、私に会いたがり、近況を報告したがった。
私の他に、高校時代の親友がいるようだが、結婚してあまり会えなくなったようだ。
私は、中学時代から仲の良い友人が数人いたが、社会人になってからは、二ヶ月に一度ぐらいしか会っていないし、電話もしていない。
磨夜は、根っからの寂しがり屋なのだと思った。
だが、磨夜の恋愛には、一つのパターンがあった。二ヶ月ほど経って、一つの恋愛に終わりが見えてくると、磨夜のストレスが最高潮に達する。その時、自殺未遂騒ぎを起こすのだ。自殺の方法は、二つに限られていた。一つ目は、リストカットをして家で騒ぐ。二つ目は、睡眠薬を大量に飲んで、翌朝、塔子さんに発見される。どちらかを実行した。
最初は、磨夜と塔子さんの話を聞いているだけであった。だが、二年間の磨夜との交流で、事実を目の当たりにした。
塔子さんの話によると、磨夜が睡眠薬を飲むようになったのは、社会人一年目の冬頃からだという。塔子さんは、磨夜の恋愛が終わりに近づく度に、相手に磨夜の容態を連絡をしていた。私と磨夜が仲良くなってからは、私にも連絡が入るようになった。
自殺未遂の後、体調を回復した磨夜は、
「両親は、いつも私の病気を心配してくれて、有難いわ。だけど、彼の反応は、面倒そうだったのよ」
とか、
「今の彼は、号泣してくれて嬉しかったわ」
とか、
「これ見よがしに、『本気で死ぬつもりだったの?』と彼が訊いてきて、頭にきた!」
などなど、磨夜のコメントが入った。
それから、身体の相性が合わないとか、性格の不一致だとか、思いの丈を吐き出した。
その後、磨夜は自分に言い訳をするように、
「結局、彼は私のベター・ハーフではなかったよ」
という結論に至った。こうして、三ヶ月ほどで、磨夜の一つの恋愛が終わる。
磨夜は、貪欲に恋を求めて、夜の街をさまよったり、出会い系サイトに登録したり、という訳ではなかった。私には不思議現象と思えるぐらい、一つの恋愛が終わると、自然と、磨夜には、次の出逢いがやって来ていた。
一年半ほど、こうした磨夜の恋愛報告を聴いていたが、私は、何故か、
「磨夜ちゃんは、本当のことを喋っていない」
と感じていた。嘘を吐いている訳ではなく、「隠し事がある」ように思えたのだ。
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