イノセント・インセクト〜虫取り少年はゲームでも虫を獲る〜

朝顔

聚蚊成雷、質の差は量で埋めろ

プロローグ:ゲームでも現実でも虫が採れればそれでいい

八月某日、一人の少年は深い森の中にいた。


「よっしゃあぁぁ!ついに捕まえたぜぇ!」


 天高く掲げた右腕、その手中には…天然物のオオクワガタ。それを丁寧に目線の高さまで戻し、その黒光りする全身をまじまじと見つめる。


「いやぁ、リアルで見ると迫力が違うな…わざわざ遠くまで来た甲斐があったってもんよ」


 じっくり観察した後、首から下げた虫カゴを左手で開け、ジタバタと藻掻く黒いダイヤオオクワガタをカゴの中に入れようとしたその刹那。


「ブ〜ンッパタパタ」


「あっ」


「あぁ〜っ!?」


 時間は十九時。暗闇の中、何処かへ飛んでいったオオクワガタを追うことなど出来ず……

昼間に見つけたノコギリクワガタのオスだけを持って、帰ることになった。


 彼の名前は虫蠡 蠢(むかい しゅん)。大の虫好きで、16歳。この物語の主人公である。






 そして後日。夏季休暇ということで友人と予定があり、目的地まで歩いている最中、彼らは談笑していたのだった。


「………てなことがあって、オオクワガタに逃げられた」


「それって自己責任じゃね?逃がしたようなもんじゃん」


「そうなんだけどさ、少しは慰めろよ。結構ショックだったんだぞ?」


「油断するのが悪い」


 彼、飛高 蝗(ひだか こう)もまた、虫好きなのであった。彼とてその悔しさはわからなくもないが、流石にそんなヘマはしたことがないので共感しかねる。がしかし、希少な虫を逃がすという行為が、如何に悔しいか君もわかるだろう!?と言わんばかりの顔をされたので、続けてこう返す。


「いや悔しいのはわかるよ?わかるけど...こう...その...うん、次があるよ」


「次、ねぇ」


 なんだか不穏な空気が流れた気がしたので、慌てて蝗は話題を切り出す。


「そ、そういえば、VTEC社が最近新作を出したって知ってる?僕はもう買ったけど」


「新作?あー、VTEC社、かぁ...」


 実際、自分もそこそこなゲーマーなので興味がないわけではないのだが…


コイツが勧めてくるゲームは尖ってるのが多い。そんで大体VTEC社。俺の中ではVTEC社は摩訶不思議なゲーム会社というイメージだが実際はそうでもないらしい。つまりコイツは数ある中からどこかズレたゲームを見つけるのが得意なのだろう。そのためコイツのオススメ=尖ったゲームの等式が出来つつある。


「で、どんなやつなの?」


「モンスターが全部虫なだけのMMORPG。イノセント・インセクトって言うんだけど」


「もっと早く言えよ!ちょっと買いに行ってくる」


「え?あ、ちょっと!おぉぉぉぉぃ...」


 突如として走り出した友しゅんの姿が段々小さくなっていくのを見て…そして何かを思い出した。


(あれ?今日タガメ捕りに行く予定は?)


 数分後、ゲームショップから出てきた少年は、友人との予定をすっぽかしてそのまま家に帰った。


右手で「イノセント・インセクト」の入った袋を掲げながら。

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