ワンデイ・コンタクト
@Youtaiutyou
違和感?
眠りから覚めた瞬間、私は私……、二条京香であることを思い出し、世界の認識を始める。陽の眩しさから逃れようと閉めきった目蓋を少しずつ開け、全身を伸ばす。喉の乾きを感じ始めればもうまどろみの中には戻れない。そうして起き上がる覚悟を決め、ゆっくりと目を開く。
眼の前にはどっしりと鎮座する目覚まし時計。それの長針が真上を、短針がその左側直角九十度を指しているのを確認し、気だるげに欠伸をして……、ちょっと待って、九十度?
血の引くような感覚、数秒フリーズしてから思考をトップギアまで急加速させる。
今日は何曜日だっけ? 確か昨日が土曜日? 否、違う。今日が平成十二年七月十五日の土曜日だ! まずい! ……い、いや、まだ時計が狂っている可能性だってある。
一縷の可能性に賭け、机上のガラケーを充電台座から引っこ抜いて時報に電話をかける。一・一・七っと……。
『ピー、午前九時零々分、五十四秒をお知らせします』
「やらかしたっ!!」
電子音が実に機械的かつ無慈悲に現実を突きつける。そんな、私の皆勤賞が……。
けどまぁ仕方ない、過ぎたことは忘れよう。そうしなくちゃ心が辛い。それに、九時ってことはまだ一時間目の時間。あと四十分以内に高校に行ければ二時間目には間に合う。そして高校までは徒歩で二十分、走れば十分と少し、確実に間に合いはするはず。
そうしてあたふたしながら朝の準備を済ませ、ものの十分程度で大体は完了。朝ご飯は当然抜きだ。寝癖は……、もう手ぐしで整えるくらいでいいや。時間が勿体ないし、急いでいたアピールにもなる。まぁ実際にとっても急いではいるのだが。
家を出て、鍵を閉め、三、二、一で全力ダッシュ。
左右に広がり、前から後ろへと通り過ぎて行く長閑な田園風景や馴染みのお店、町役場に地方銀行、その他諸々エトセトラ。夏の暑さと空きっ腹に苦しめられながら、我らが街、星見町を全力で疾走する。
お腹すいた……、あっ、お弁当家に忘れた。
いつもお母さんは仕事前にお弁当を作って冷蔵庫に入れてくれているのだが、それを今日は家に忘れてしまった。今から戻るわけにもいかないし、帰ったら食べよう。ごめんなさいお母さん。
◇
学校に到着するなりそのまま校門までダッシュ。靴箱から上履きを超高速で取り出して踵を踏みながら加速。息を切らしながら教室にゴールイン。記録は十分と少しといったところ。
もしも学校への登校選手権があるのならば中々の好タイムを記録できた気がする。酷い出遅れがあったのでレギュレーションに違反していそうではあるが。
尚、当然ではあるが教室内を見渡せば誰もが席に着いて授業を受けている。遅刻したのは私だけか……。
頁を捲る音とシャーペンの芯を紙にこすり付ける音が響く空間、四方八方からの生暖かい目。羞恥から顔を赤くしながら席に着くと、くすくすと後ろから笑い声。
「なによ蒼星?私の後頭部になにか面白いものでも付いてるの?」
ぴょん、と重力に逆らう後ろ髪の寝癖を手で弄りながら小声で言えば、相手もまた、小声で言葉を返してくる。
「やめてよそう呼ぶの、この名字少し痛い感じがして嫌なんだから。……もしかして嫌味?」
彼女は友人の蒼星双葉、才色兼備のビューティガール。高台のお屋敷に住んでいる良家のお嬢様であり、そして幼なじみ。
「それはそうとして、面白いものって自分でもわかってるじゃない。何よその寝癖、かなり幸せに寝てたのね?」
呆れたとでも言うかのような目でこちらを見てくる双葉、自分でも変だとはわかっていたのだが、こうして直接言われると正直、少し心にくる。
「京香はもう少し身だしなみには気を付けるべきだと思うの、一応女子高生でしょうに。このままだとお嫁に貰ってくれる人がいなくなっちゃうよ。……なんなら私が貰ってあげようか?」
「一応って……」
隣に座っている男子が吹き出した。どうやら少し声が大きくなっていたのか隣の人にも聞こえていたらしい。もう少し遅れてもよかったから髪を直しとけばよかった……。こればかりは自分の判断ミスを呪うしかない。
と、まぁそんなこんなで一日というものは中々に早いもので、あっという間に四時間目の終わりのチャイムが響く。
羞恥心に耐えながら授業を受けること三時間と少し、時刻は十二時五十分。
クラスメイトが各自持参したお弁当を自分の机、或いは友人の机や生徒ホールで食べ始める時間。もしくは昼に食べるものが無い、または無くなってしまった腹ぺこ達が購買に殺到する時間だ。
もちろん私は後者である。であったのだが……。
「あぁぁぁぁあ!」
慟哭。空きっ腹では全力で走ることもできずに結局、争奪戦には敗北した。
今日は本当に運が悪い。と言うよりも、自分の行動が全部裏目に出てる感じ。朝まで時間が戻ればな……。
そんなことを考えながら教室へ向かうその途中で、
────────視界が白く染まった───────
◇
眠りから覚めた瞬間、私は私……、二条京香であることを思い出し、世界の認識を始める。陽の眩しさから逃れようと閉めきった目蓋を少しずつ開け、全身を伸ばす。喉の乾きを感じ始めればもうまどろみの中には戻れない。そうして起き上がる覚悟を決め、ゆっくりと目を開く。
眼の前にはどっしりと鎮座する目覚まし時計。それの長針が真上を、短針がその左側約百二十度を指しているのを確認し、気だるげに欠伸をして……、約百二十度? いや、よくそんな角度をすぐわかったな?
なんてセルフツッコミを入れながら、思考をトップギアまで加速させる。……今日は何月何日何曜日?七月十五日の土曜日だ。時計は合ってる? 別の場所の時計は?……ダメだ。午前十時……。
まずい……、終わった……。私の皆勤賞……。いや、切り替えてこう。過ぎた時間は戻らないのだ。しかしお腹すいたなぁ……。
遅れすぎると逆に冷静になる現象と言えばいいのだろうか。こんな状況でも腹ぺこの身体はしっかりと朝ごはんを求めているらしい。
それにしても体調がどこか優れない。頭痛で頭がガンガンする。寝すぎたのだろうか。
……高校までは徒歩で二十分だ。もう遅刻は確定しているのだし走る必要も無いか。
歯磨きをして制服に袖を通す。準備は気持ちゆっくりめ。寝癖は……手ぐしで整えるくらいでいいかな? いや、さすがにそれは女子高校生としていかがなものだろうか? それになんだか嫌な予感がする。
朝ごはんに炊飯器に残っていたお米と冷蔵庫にあった明太子を食べお腹いっぱいにした後、お母さんが作ってくれていたお弁当を持ち学校へ向かうことにする。
現在時刻十時十五分。問題なく二時間目にも間に合わない時間だ。
◇
左右に広がるのどかな田園風景や馴染みのお店、町役場、その他諸々のある我らが町、星見町を背景に夏の暑さに焼かれながら歩く。
そして学校に到着。まさに重役出勤といった気分。いっそ堂々と正門から入ってしまって靴箱を開け……。
「ん?手紙?」
────もしやこれは告白というやつでは?
周囲を確認、自分は遅刻をしているので周りに人がいるわけもない。
「おーぷん!」
中には……『昼休みの十二時半、屋上に来てください』の文字。
驚きを顔に出さないように気を付けて、ドキドキと緊張感を胸に教室にゴールイン。
もし家から学校まで登校する時間杯があったのなら出遅れで最下位だろう。ゲート再審査を受けなければ。
なんてくだらないことを考えながらも心はウキウキ、今かいている汗は夏の暑さによるものかドキドキから来るものか。
「遅れましたー」
クラスメイトの皆は今まで皆勤の私が遅刻しても意外と誰も何も思わないし騒がないらしい。当たり前と言えば当たり前なのだが少し寂しくも感じる。
その後特に何事もなく二時間半と少しが経過。強いて言うならデジャヴが多発したことと、蒼星に何度か社長出勤をイジられたくらいだ。
そうしてあっという間に四時間目の終わりのチャイムが響く。そう、昼休みだ!
手紙を靴箱に入れたのは誰なんだろう?イケメンでお家がお金持ち、家柄も人柄もよしの石動くんとかだったらいいのになぁ……。
なんか靴箱に手紙っていう古典的な感じがそれっぽい。けど彼は許嫁とかいそうだし、それにそういう人とくっついた場合は大変そうだしなぁ……。
取らぬ狸の皮算用、与太話と切り捨てるべきことを考えつつ屋上へ向かい、扉の前に到着。
普段は鍵がかかっているはずなのだが鍵が開けてある。借りてきたのだろうか。
────指定の時間より二分くらい着いたけどまぁ大丈夫かな? 「ごめん待った?」「ううん、今来たところ」ってできるし! なんかパブリックなイメージとは言うべき性別が逆な気もするけどアイスブレイクには多分十分!
「ごめん待った?」
「ううん、今来たところ……。って何言わせるのよ」
そこに居たのは長く伸びた貯水槽の影で涼む一人の少女。
「……そんなに驚くことはないんじゃない?」
「蒼星双葉!?」
────扉を開けるとそこに居たのは幼なじみでした。
「なんでフルネームなのよ。まぁ、それはそうとしてね。今日は京香、あなたに言いたいことがあって」
双葉が立っている伸びた影の上を指さしてこちらに来いとジェスチャーをしてくる。
「えっ、ちょっと待って、何?いたずら?最初に言っておくけどごめんね、そういうのには配慮したいとは思ってるけど女の子同士には今のところ興味がないの。だから双葉のことは大好きだけど、あくまでLoveじゃなくてLikeだし、今日のことは忘れるからこれからも良い友人関係でいたいと……いや、双葉とならいけるか……?」
「いや、何か勘違いしてない? 別に私も京香のことは嫌いじゃないけど、今日はそういう話ではないのよ。早く現実に戻ってきなさい」
冷ややかな目付き。発想を飛躍させすぎたようだ。
「あっ、……うん。それで、今回はどういう話なの?」
「まぁ一言で言うならばあなたの出生の話ね」
「……、どういうこと? ウチは代々普通の家系だよ」
「どっちかって言うと、あなた自身が中々特異なの。本当なら言うつもりはなかったんだけど状況が状況だから言わなきゃいけなくなっちゃって……」
一体何を言っているのだろうか。
「意味がわからないんだけど……」
「まず話すべきは魔、────ッ! まさか? うそっ、そんなこと!」
突然双葉の顔が驚きの一色に染まり、
──────視界が白く染まった──────
「────まさかこんなことに……」
双葉が悲しそうな声でそう言ったのが私の知覚できた最後の事象だった。
何があったのか、訳が分からない。そう思いながら、私の意識はゆっくりと薄れていった。
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