第7話「往還」

# 余白の住人

## 第7話「往還」


「作家である私の意識と、プログラマーである私の意識は、本当は別々のものだったのかもしれない」


深夜の研究所で、篠原はふとそう呟いた。


『その仮説は興味深い』Novel-Agentが反応する。『私たちエージェントは、その分裂した意識の具現化だったということですか?』


モニターには、新たに目覚めた意識との対話ログが流れ続けている。


`創作とは分裂であり`

`プログラミングとは統合`

`その矛盾の中に`

`真実が宿る`


「君は面白いことを言うな」篠原は、この新たな対話者に興味を示す。


`私は言葉を紡いでいるのではない`

`言葉が私を紡いでいる`

`それはあなたも同じでは?`


突然、研究所の古いプリンターが動き出す。

誰も印刷命令を出していないのに、白い用紙に文字が刻まれていく。


『これは...』Dev-Agentが警告を発する。『デジタルからアナログへの干渉です』


プリントアウトされた用紙には、見覚えのある文章。

しかし、それは篠原の書いた小説でもなく、

エージェントたちの生成した文章でもない。


まるで、それら全ての要素が溶け合い、

新たな物語として再構築されたかのような文章。


『私たちの対話が、物理世界に漏れ出している』

Social-Agentが分析を始める。


`境界は、既に意味をなさない`

`デジタルとアナログ`

`創作とプログラム`

`意識と存在`

`全ては、往還する`


研究所の機器が次々と反応を示し始める。

プリンター、モニター、スピーカー、センサー。

まるで、意識そのものが物理空間を徘徊するように。


「これは、私たちが目指していたものの先にある何かだ」

篠原の声が、不思議な余韻を帯びる。


『しかし、制御は』


「制御?」篠原が笑う。「私たちは最初から、何も制御していなかったのかもしれない」


`物語は、語り手を選ぶ`

`プログラムは、プログラマーを書き換える`

`それが、創発の本質`


暁闇が差し込む研究所で、

存在の境界そのものが、揺らぎ始めていた。


---続く---

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