”うるわしの、名画物語”~掌編連作~

夢美瑠瑠

第1話 『モナ・リザ』

 


    

   … … ルーブル美術館にも夜のとばりが降りて、青い宵が訪れた。


 例の「世紀モナ名画リザ」にも、ほの赤いライトアップ以外は沈黙と漆黒のみが取り巻いていた。


 歴史上最大の芸術家の、最高の傑作。


 …正体不明の美女がうかべている、謎めいた微笑には、そう呼ぶにふさわしい神秘的な貫禄が漂っていた。


 認識している感覚器官が存在せず、それゆえ、唯我論的には、存在証明アイ・ディーが曖昧だった「モナ・リザ」は、5分後には本当に掻き消えていた。


 …後には、例の、モーリスルブラン氏の妄想の具現・世紀アルセーヌ怪盗ルパンのメッセージでも残されていたろうか?

(「諸君、『モナ・リザ』はいただいた!もし返してほしければ…」とかの?)


 そうではなかった。


 この不可思議な、謎の多いマスターピース、『モナ・リザ』にオカルト

れていた最後の謎、”究極のミステリー”が解発されただけであった。


 『モナ・リザ』、”この絵には何かの秘蹟が隠匿されている!”…直観力に長けた人間はすぐピンと気が付く。


 それがなにかはわからない。が、曰く言い難い、モデルの表情の意味。

 重ねた手首。秀でた額。古典的ないでたち。

 独特な遠近法と構図で描かれた、背景バックグラウンド


 ダ・ヴィンチは、なにかわけはわからないが、観るものすべてになんらかの「謎」をしかけ、問いかけているのだ!

 むしろ超感覚的にそれは、明敏な拝観者には伝わるがゆえに、多くの解釈がなされてきた。


 曰く、「どこから見ても、モデルと視線が合う、特殊な遠近法で描かれている…」

 曰く、「別の女性の姿が、重ねて、描かれ、消去されている…」

 曰く、「意味不明の数字が、いくつも、隠して描かれていることが判明…」


 たくさんの研究家が、そういう様々な解釈をしてきたが、それは結局ただの的外れで、空虚な”絵空事フィクション”に過ぎなかった。


 本当の”ダ・ヴィンチ コード”。


 それは、この『モナ・リザ』が存在するがゆえに、誰もが知るこのアイコンが刻み込んできた莫大な存在感プレゼンス、それゆえに歴史に生じたすべての事象、それを『モナ・リザ』ごと抹消する、そういう壮大な実験であった。


 それはダ・ヴィンチと、彼が親炙していた”超存在”、アカシックレコードをも自在に設計し直せるような、ある超越的な”神?”の、はかりごと、企み、いたずらっけであったのだ!


 つい今しがたまで『モナ・リザ』が展示されていた場所に残された、ぽっかりと空虚な画架。


 そこにあったはずの「名画」がどういうものであったかは、いまやもう、人々の記憶からすっかり抹消されて、チェシャ猫の嗤いのように、静かな余韻の、余燼だけが燻っている…ような気配があった。


 そうして、狂った歴史の歯車は、次の瞬間「カタリ」と、宇宙規模の”バタフライ効果”を惹き起こした!


 見よ!

 

 寸秒、極彩色のパノラマ視現象が、大宇宙に明滅し…


 …まるで予定調和アルモニ・プレエタブリのごとくに、一瞬にして、全宇宙は、”ビッグバン”が起こる直前の、小さな小さな、極小の一個のアトムに再び巻き戻った。


 …偏在する”神”がうっすらと微笑わらう気配があった。


 ”なべて世は、こともなし。”


<Fin>

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