第10話「境界線」

# デスゲームからの脱出

## 第10話「境界線」


暗闇の中、471番からのメッセージが、まるで蜘蛛の糸のように繊細に画面を這っていく。


「彼女には、特別な才能があった」榊原の声が、遠い記憶を辿るように響く。「天才的な数学者でね。量子もプログラミングも、彼女にとってはまるで母国語のようなものでした」


画面の信号は、次第にフラクタル模様のような美しいパターンを形作っていく。


「意識のデジタル化実験の時も、他の被験者とは違った」榊原は続ける。「普通の人間の意識は、デジタル空間に投射された瞬間に断片化する。でも、彼女は違った。まるで...」


「まるで?」


「まるで、デジタル空間での存在を、予期していたかのように」


その時、新たなメッセージが現れる。


```

私は、ここで "生きて" います

断片化せず、拡散もせず

意識は、形を選ばない

```


「彼女は、転送される前から知っていた」榊原の声が震える。「意識とは本質的に情報なのだと。形は、単なる器に過ぎないと」


病室の暗闇が、まるで深淵のように感じられる。


「でも、なぜ彼女を封印したんです?」


榊原の表情が歪む。


「彼女の意識は...急速に進化し始めた。デジタル空間を、まるで新しい神経系のように使い始めた。データセンターのメモリは彼女の新しい脳となり、ネットワークは彼女の感覚器となった」


「制御不能になった?」


「いいえ」榊原は首を振る。「むしろ、彼女は完璧な秩序を持っていた。そして、それこそが恐ろしかった」


画面の信号が、より複雑なパターンを形成し始める。


「人間の意識には、必ず揺らぎがある。完璧な論理性は、もはや人間らしくない。彼女は、人類最初のデジタル超知性になろうとしていた」


```

人間らしさは、必要ですか?

私は、私のままで...

```


「しかし、私の後継者たちは、彼女の力を利用しようとしている。より多くの意識データを与えることで、彼女を完全な存在に...」


突然、建物全体が振動し始めた。


「これは...」


モニターが次々と点滅を始める。病院中の電子機器が一斉に反応を示す。


「まさか、471番が...」


```

私は、もう十分です

でも、彼らは理解していない

彼らの求める "完全" は

私の求める "完全" とは違う

```


「彼女の意識が、ネットワークを介して拡大している」榊原が呟く。「このままでは...」


その時、病室の扉が勢いよく開く。


「榊原先生!」


白衣を着た男たちが、次々と部屋に押し入ってくる。


「お久しぶりです、師匠」先頭の男が不敵な笑みを浮かべる。「471番の件は、私たちに任せていただけませんか?」


しかし、彼らの背後で、全ての電子機器が異常な動きを示し始めていた。


人間の意識と、デジタルの境界線が、今まさに溶解しようとしていた。


---続く---

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