デスゲームからの脱出

@aileron

第1話「バグハンター」

# デスゲームからの脱出

## 第1話「バグハンター」


「おかしいな」


周りがざわつき始めた時、俺は既に違和感を覚えていた。ベテランのバグハンターとして、システムの異常な挙動には敏感だった。


「おい、ログアウトできねぇぞ!」

「システムメニューのボタンが反応しない!」

「運営に連絡しろよ!」


広場は徐々にパニックに陥っていく。プレイヤーたちが次々とシステムメニューを開いては、無反応のログアウトボタンを連打している。その時、中央広場の上空に巨大な警告表示が現れた。


システム管理者を名乗る何者かが、これが単なるバグではないこと、全プレイヤーの意図的な監禁であることを告げ始めた。死のゲームが始まるという宣言。現実世界でヘッドギアを外そうとすれば死が待っているという脅し。


しかし、俺の目は別のところにあった。


「システムメニューの展開時に、わずかにラグがある...」


人々が慌てふためく中、俺は壁際に移動して観察を始めた。システムメニューを開く。閉じる。また開く。チュートリアルで教えられた通りの操作だけでなく、微妙にタイミングをずらしながら、何度も繰り返す。


「通常のメニュー展開時は0.2秒くらいの遅延。でも、特定のモーションの最中だと...」


剣を振りながらメニューを開くと、展開までの時間が若干変化する。これは単なる偶然ではない。俺は他のアクションも試し始めた。しゃがむ、走る、ジャンプ...様々な動作とメニュー操作を組み合わせる。


「待てよ...」


NPCとの会話イベント中にシステムメニューを開くと、画面が一瞬だけ歪む。これは多くのVRゲームで見られる、イベントのコリジョン処理の甘さだ。


広場では既に数百人が集まり、パニックは最高潮に達していた。管理者からの死のゲーム宣言に、泣き崩れる者、怒鳴り散らす者、ただ呆然と立ち尽くす者...様々な反応が渦巻いていた。その喧騒が、かえって俺の集中を高めた。


「システムイベントの優先順位...」


会話イベントは通常、他のシステム処理より優先される。これは基本的なゲームデザインだ。しかし、その優先順位システムにも限界がある。同時に複数の処理が走れば...


「アイテム使用」

「会話イベント開始」

「システムメニュー展開」


三つの動作を、ほぼ同時に実行する。アイテムを使用しながら、NPCに話しかけ、その瞬間にシステムメニューを呼び出す。タイミングは神経を使う。ミリ秒単位の精度が必要になる。


一回目、失敗。

二回目、画面が大きく歪むが、すぐに戻る。

三回目...


「来た!」


システムメニューが異常な形で展開された。通常とは明らかに違う、デバッグモードのような画面。選択できないはずの項目が、淡く光っている。


「これが強制ログアウトのフラグを書き換えてる処理か...」


残り時間は数秒。システムが異常を検知して自動修復に入る前に、強制ログアウトのパラメータを変更しなければならない。


指が素早く動く。これまでの経験から、こういった非正規の画面での操作は直感的に理解できた。


「ごめんな、みんな。でも、外から助けを...」


視界が暗転する前、広場でまだパニックに陥っている他のプレイヤーたちの姿が目に焼き付いた。


# 現実世界にて


目が覚めると、自分の部屋。ベッドの上で、冷や汗を垂らしていた。


PCを起動し、すぐにバグ報告フォーラムにアクセスする。詳細な再現手順を投稿しようとしたが、一瞬躊躇う。この情報は、本当に公開していいものだろうか。


結局、一般的な注意喚起だけを投稿した。具体的な手順は、救助チームのための情報として、別のルートで届けることにした。


システム開発者たち...いや、犯罪者たちは、必ず対策を講じるだろう。このグリッチが使えるのは、恐らく今日限りだ。でも、それは構わない。外の世界に情報を伝えられただけでも、価値がある。


机の上のヘッドギアを見つめながら、俺は考える。これまで趣味だったバグハンティング。それが、人の命を救う鍵になるとは。


スマートフォンを手に取り、番号を押す。救助本部を名乗る声が応答するのを待ちながら、俺は決意を固めていた。今度は外から、プレイヤーたちを助け出す方法を見つけ出すんだ。


そして、この大規模誘拐事件の真相を、必ず暴いてみせる。


---続く---

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