情報屋ニナは相性最悪の探偵に餌付けされている

雨庭モチ

情報屋ニナは相性最悪の探偵に餌付けされている

仄かなオレンジ色の照明が灯る店内。
パソコンの乗った机を挟んで向かい合う、二人の人物がいる。



一人は、ミニスカートに華奢なブーツの女性。


「ニナ早かった?えらい?」


指で挟んだ小さな紙切れを顔の横に並べ、ニナはにんまりとして首を傾げた。


「うん。すごく偉い」


あっさり答えた残る一人は、エプロンを着た男性だ。薄い笑顔を浮かべ椅子にだらりと腰掛けている。ニナの真似をして首を傾げると、墨色の髪が重力に忠実に散らばった。


左肩がずり落ちているエプロンの下にはスウェットとカラフルなトラックパンツ。半ば寝巻きに近い服装は無頓着で、自分の容姿を際立たせようという自意識が皆無だ。


そんな彼にいつも屈辱的な扱いを受けているニナは、真っ向から褒められて相手への不平不満をチャラにする言葉を吐いた。


「えへへ。褒めてくれる咲良さくらは好き」

「へぇ。それは良かった」


対する彼――咲良は、言葉と裏腹の無感動を返す。


彼の探偵事務所に来る際、ニナは特別身だしなみに気を使っていた。
その努力も虚しく彼女の能力——男性を惑わして情報を頂く——が全く効かない咲良ではあるが、ニナにとっては嫌われようがとにかく構ってもらえれば良いのだ。
ただ存在を無視されるのだけは彼女のプライドが許さない。


唐突に、後ろの方で電子音がした。

反射的に振り向けば、古びたチェストボードにいくつかの電子機器が並んでいて、スピーカーの起動ランプがついている。

音楽が鳴り出したのだ。



「私も素直で律儀な情報屋は嫌いではないよ。ニナ」


ニナは音に気を取られた失態を恥じて向き直る。すると彼は中身の入った封筒を片手でヒラヒラとさせていた。


「これは約束の報酬と、いつものおまけ」


下がった咲良の視線を彼女が辿ると、丸いわっぱの弁当箱が机の中央に出現している。

いつの間に出したのか分からなかった。

確実なのは、電子音で目を逸らすように誘導させられた、ということだけ。


けれどそんな理屈はニナには不要。

目の前にある好物に全神経が集中する。


「情報と引き換えだ」


よく透る声に誘われて、ニナが一歩近づく。

弁当箱の隣に情報の書かれた紙切れをひらりと落として、四角く整えた爪先を机についた。


「ちゃんと咲良の作ったお弁当?」

「あれ、ヒイロの手作りが良かった?」


天使のような悪魔のような、正体の知れない彼が頬杖をついて微笑む。


ニナが好きなのは、仕事の後たまに貰える美味しい咲良の手料理だ。彼の友人ヒイロの壊滅的な料理なんて大金を積まれても食べたくない。一度あっさり騙されて謎の茶色い物体を少し食べてしまったのだが、今思い出しても寒気がする。


「ニナはまだ死にたくないもん」


目前の、封筒をぶら下げる手に顔を近づけて、ニナはその角をぱくりと齧った。

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