人類圏における官吏統一試験
22世紀のスキッツォイド・マン
完結
貧乏子沢山という言葉が嫌いだった。
まさしく俺の生まれた家を指している言葉だったからだ。
12人兄弟の3番目が俺だ。
俺の名前は探花。
平民だからただの探花。
女みたいな名前が嫌だった。
せめて頭が良くなるようにと、頭の良い名前を地元の吏長に考えてもらったらしい。
科挙って昔の試験で3番目を取った者に与えられる称号の事だ。
俺は他の兄弟と違って頭が良かった。
親の代わりに御使いに出かける事が多くて、その帰りに吏長の所へ行って色々教えてもらった。
10歳になった俺に吏長は「官吏統一試験」を勧めてきた。
国の中枢になって働く為の試験で、合格すれば家族に楽な思いをさせることが出来ると吏長は言っていた。
官僚は首都星で働いて、年を取ったら地方へ戻るパターンが多いらしい。
いつまでもこんなゴミ溜めでもがいていたくない俺は、その試験に希望を見出した。
親を説得するのは大変だった。
当然勉強には金がかかる。
その上、失敗すれば俺に投資した分はパアだ。
当時の俺は長期的な視点で近視眼的だった。
金の無い親父の気持ちになれば、反対するのも当然だったろうな。
吏長にも説得してもらってなんとか了承を得た。
親父は仕事を倍にして働き、兄弟達も道に落ちてる小銭をかき集める。
俺の為に出来ることは全てしてくれた。
それに応えて俺は勉強にひたすら打ち込んだ。
官吏統一試験の範囲は広い。
哲学、経学、修辞学、訓詁学、代数学、幾何学、解析学、生物学、物理学、化学、地質学、建築学、医学、農学、歴史学、考古学、政治学、経済学、社会学……etc。
学とつく物は全て修めたと思う。
家は書物で満たされ、書で塔が出来るほどだ。
近所からは書香の家とも言われた。
そんな生活を続けていた15歳の頃、無理が祟ったのか、親父が倒れた。
最初は発作性転倒と診断されたが、次第に痩せ細り俺が19の頃にはミイラのような姿になってしまった。
父が死んでも勉強を続けるべきか。
兄弟達と話し合いを続けても答えは出なかったが、父の「やりなさい」の一言で俺は最後までやり遂げる事を誓った。
22歳で初試をパスし、24歳で次試を通った。
終試に合格すれば、俺は官僚になれる。
25歳の終試、俺は見事に1位で合格した。
だが父は、終試の最中に息を引き取っていた。
大切な人の死に目にも会えず、何が官僚だ。
俺は官僚になるのを諦めようと思ったが、母と兄弟達が止めてくれた。
親父は死んだが、残った人に楽をさせてやらないといけない。
俺は立ち直って官僚になる為に首都星系へ旅立った。
合格した俺達を待っていたのは衝撃それだけだった。
「ようこそ、エリート諸君。君達は人類圏を背負って立つ人材だ」
スーツの似合う男は滔々と述べる。
「君達にやってもらうのは天上人のお世話だ。
有り体に言えば下のお世話だ。
それ以上でもそれ以下でもない」
俺達は驚愕した。
10年も、中には20年も勉強してきた俺達にそんな仕事を押し付けるのか。
話が違う。
みんな口々に反論したが、スーツの男は皆が黙るのを待っていた。
しばらくしてから再び、スーツの男の口が開く。
「人類は技術革新をし過ぎたんだ。
今更、国の頭脳となって働く官僚など要らない。勿論、手足は必要だから下級吏員は募集するがな。」
男はその場を歩き回りながら演説するように我々に語りかける。
「君たちのような頭の良い人材をそのままにしておくのは勿体ないし危険だ。
不平不満を言う知識人ほど厄介なものは無いからな。
それに人類圏の特権階級である天上人は残酷な仕打ちを好む。
勉強に打ち込んできた天才達がする役目が娼婦と変わらないとなれば、彼等は満足するんだよ。
私には分からん趣味だがね。
国家の防衛の観点と特権階級を接待するという点において非常に合理的なんだ、この仕打ちは。
安心しろ、高給は約束する。
特に今年のトップ合格者、貧困層からの這い上がりと聞いた。
おめでとう。家族を思う存分に養えるぞ」
こんなもののために親父は死んだのか。
俺は……、俺は……。
俺は天上人の従順な"お世話"係りとなった。
20年が過ぎた或る日、故郷の星が疫病で滅びた事を聞いた。
全員死んだ。
遺された家族はもう居ない。
俺は首都星の設備を利用して"性病"を作って流行らせた。
致死性が高く、よく拡散し、ワクチンや血清で無害化させにくい。
まもなくこの星は滅びる。
首都星系以外の人類に告ぐ。
申し訳なかった。
全て私の責任だ。
天上人の死を父に捧ぐ。
探花。
人類圏における官吏統一試験 22世紀のスキッツォイド・マン @unti-maruyaki
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