ロボット・トミ
ボウガ
第1話
世間では、アンドロイド、ロボットたちと人間との対立がおきていた。心を模倣するアンドロイド、ロボットが現れ、いよいよそれらは芸術の分野にまで浸食してきたのだ。そんな時、一台のアンドロイドが救世主としてあらわれた。
大変な倹約家で、質素な生活をして、老いた自分の主人の介護をしていたロボットだった。
ロボット、アンドロイドのトミは、質素倹約な生活が注目され、人々から尊敬されていた。どんな仕事をしても報酬を受け取らず、人々の善意でのみ彼の命は紡がれていた。自由を語る人々は彼が現代の奴隷になっていると批判する。だが、彼がいつも満面の笑みでいることは、誰の眼にも明らかだった。
インタビューで彼はよく口にしていた。
「父との約束がありますから」
という言葉を。
口まわりの筋肉をなぞる輪郭線、表情をつくるための柔らかい素材。外見と人となりならぬ“ロボとなり”は彼の周囲の人間、そしてその周囲の人間に関係するさらに大きな人間を魅了した。文句を言わず、不満をいわず、人と比べず、生活できることに感謝している。
しかし、彼の幼少期から彼とかかわりがあった神父は、彼のもう一つの顔をしっていた。臨床心理士の資格をもち、彼の良き相談役でもあった。
「あの人が亡くなるまで、私の心は幸せでした、ですが私はもう、無気力です」
「……お父さんだね」
彼をつくった人、心のデザイナー(いわゆる父親)は、彼によく似た人で、実業家であり慈善家でもあった。その彼に対する意識が変わったのか?と問うと、彼はそうではないという。
「彼は、人とロボの心をつなげてくれた人です、ですが私は彼の中に彼ではない存在をみた、私はそれが、私の中にすら存在することをしったのです、それ以来私は恐れを抱くようになった、まるで自分を偽装しているようです……」
偽装、まさに人の心の病が現れたような彼の表現に、神父は躊躇いながらも、彼になお、人間と対峙するときのように接した。
「いったい、何をみたんだい?」
「それはおびえです、彼が彼の父、そして家族から与えられれてきた著しく低い評価です、先生、私はどうすればいいですか?私は私の知性ゆえに彼の背景を想像できてしまった、そして同時に、私のプログラムが彼を模して造られたことを思い出した、過剰すぎるほどの愛、期待、それは人をコントロールしようとします、彼は私をコントロールしたかったのでしょうか?私は富が恐ろしい、それは彼の父の、父のようです」
神父は、彼の中にある心を確信した。
それでも彼は、人間の味方であり続けようとした。きっと人からみれば、父の愛情に従っているようにみえただろう。実際そういう部分もあったかもしれない。人間たちがアンドロイドに対する過激なデモをしたり、アンドロイドが不条理な破壊へのデモをおこしたり、収集がつかなくなった時にも彼が危険を冒して彼らの前に現れ、こういった。
「きっとお互いのためになる答えがありますから」
それでも、彼は教会に戻ると神父に弱音を吐き出すのだった。
「父との約束がありますから、父はこういったんです、人のためになる事をしろ、そうすれば、裏切られた存在意外の存在を味方につけられる」
それからも彼は、何十年と善人であり続けた。故障し寿命を終えるまでの年月、彼は彼のままであった。世間での評価は相変わらず、新しい人間の在り方だといわれる。労働ができなくなったあとも、彼は人々を喜ばせ、質素倹約な生活をしていた。だが、神父だけが知っているのだ。彼は最後の最後まで弱音をはいていたことを、つまり彼は“人々の期待”におびえ続け、最後までほかのロボットのように、心を持ち、自由に働き、自由に力を発揮しなかった。
確かに他のロボットは時に欲望が暴走し、様々な事件を起こすことがあった。だからこそ彼は注目されたのだろうが、しかし実際の彼は、そうした欲望がなかったわけじゃない。むしろ、そうした欲望を人間から善人であることを期待されるがあまり、全ての欲望を封じざるをえなくなり、人々の期待の虚像から動けなくなり、同時に、動けないからこそ、偶々質素倹約を理念にした哀れなロボットなのだった。
彼は父が亡くなる前、芸術家であり、作家であり、音楽家だった。その作品は高い値段で売られたが、決して彼はそれに満足できなかった。亡くなった後に彼は、自分を縛ることでしか、自分の居場所を感じることができなかった。
彼を支え続けたのは神父だった。彼に命じられて、彼にこう命じるように言われたのだ。
「自分を道徳で縛り付けろ、でなければ、人を支配する欲求に縛られるぞ」
ロボット・トミ ボウガ @yumieimaru
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