秘密結社、やめたい ~ゴスロリ上司が時間凍結能力で辞表を受け取ってくれないんだけど、これ労基に訴えたら勝てますかって言ったら泣きながらすがりついてきてズボンぐしゃぐしゃです。どうしよ?~

@syusyu101

どうしよっつっても、ねぇ?

「た゛め゛な゛と゛こ゛ろ゛あ゛っ゛た゛ら゛な゛お゛す゛か゛ら゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」


 俺の脚元に縋りつくゴスロリを、どうしようか。


 ぱっちりと開き、涙でいっぱいの紫の目。

 振り乱された銀髪ツインドリル。

 だぶだぶの萌え袖ゴスロリが、俺のズボンのベルトを掴んで、がくがく揺さぶっている。やめろ。脱げる。


「ぬ゛け゛!!!!!!!!!」

「なんで脱ぐ必要があるんですか……?」

「えっちなことすればのこってくれるだろ!!!!!!!!!」

「んな訳ねぇだろクソガキがよぉ……」

「ひぃ! マトモな大人!」


 恐れおののくゴスロリ。その隙に俺はゴスロリ・ホールドから離脱した。

 ズボンが濡れてぐっしゃぐしゃである。

 美少女の涙とよだれでいっぱいだ。

 きたねぇ。


「……どぉじて……」


 ゴスロリが、すんすんと泣く。




「どぉじて! 結社やめるなんて言うんだよぉお゛ぉぉおぉぉ!!!!」




 絶叫が木霊するここは、山奥のとある実験施設である。

 俺の勤務地にして、

 秘密結社『ディザスター』のアジトだ。


「……はっきり言います」


 ディザスターのアジト、超能力実験場の真ん中で、俺は本気で宣言した。




「立地が悪いんですよ!!!! この会社!!!!!!!!!」



「かいしゃじゃないもん!!!! けっしゃだもん!!!!!」

「じゃあ結社!!!!!!」

「わぁ゛あぁあああ゛ぁん!!!!!!」


 秘密結社『ディザスター』の歴史を、語る必要がある。

 ディザスターはかつて、世界征服を夢見た結社だ。

 世界征服の手段は、超能力者による蹂躙。

 超能力の実験をするなら、どこか。

 山である。

 政府に見つからないような、ド田舎の山である。


「バスも無ければ電車もない! 駐車場もない!

 社員寮はありますけど……近くにコンビニもスーパーもないし! 通販は届くまで3日くらい余計にかかる!!!!!!

 住んでられっかこんな所ォ!!!!!!!」


 ひぃん、と。

 俺の気迫に気圧されるゴスロリ……ディザスター首領『ディザイア』。

 顔がしわくちゃである。


「す、すんできたじゃんか……いままで、ごねんかん……」

「俺は拉致されてきたんですよ! 憶えてないんですか!? バカが! この外見年齢14歳実年齢2000歳の時間凍結ロリババアがよ!」

「じつねんれい80だもん! まだ2000さいじゃないもん!!!

 あとがいけんねんれいは9歳でストップしてるもん!!」

「ここまで来たら誤差だよ!!」

「誤差にしちゃでかいよ!?」


 ……その差1920年。まぁ、でかい。

 しかし、ここで引き下がる訳にもいかない。

 退職の手続きというのは、気圧された方の負けなのだ。

 気圧されそうな人は遠慮なく退職代行を使おう。うちは秘密結社なので使えなかった。許せねぇ。


「……我慢、してきたんですよ……」

「がまん……?」

「ロリババアがいるからって我慢してたんですよ!!!!」

「ロリババアいうな!!!」


「高校三年生の春に誘拐され!

 人体改造を受け! 奥歯のスイッチ噛んだら通常の500倍のスピードで動けるようになって!

 毎日毎日実験実験。

 ときどき能力バトル……!

 限界です! 俺は帰らせてもらう!!!」


「う、ぇ……やだ! やーだーなーのー!!!!」


 その場に寝転がり、やだやだモードに突入するディザスター首領・ディザイア。

 可愛い。

 だが、実年齢を考えると可愛くない。

 子供を拉致監禁して超能力実験する奴だと思えば可愛くない!


「……誤魔化されるな、俺……ッ!」

「やーだー!!」


 俺は呼吸を整えた。


「……どうしても、辞表を受け取ってくれないというんですか……!」

「や! ディザイアちゃんじひょー受け取らない!」

「どうしても?」

「どしても!」


 こうなったら、らちがあかない。

 俺は奥歯のスイッチを押した。



 流れる時間が、無限に引き延ばされる。

 誰かの呼吸する音が、無限に続くクラシック音楽のように遅くなる。

 遅くなったのではない。

 引き延ばされたのでもない。


 俺が、加速しているのだ。


 この五年間――拉致監禁され、実験を繰り返されて増強されたを、全開にする。

 鼻血が噴き出る。

 全身の血管が破ける音がする。

 自分の心臓の音が、まるでナイアガラの滝のように聞こえる……




 その全てを。

 辞表を叩きつけるために、使う。




「おォオオォォォぉ゛ぉおぉぉぉ!!!!!!!!!!」


 俺は、勝利を確信した。

 ディザイアの服はゴスロリだ。フリルがいっぱい。萌え袖があるレベルで生地が盛りだくさん。たいへんガーリィでかわいい。いいなぁ。

 話がそれた。

 ――奴の服は、隙間だらけだ。

 辞表をスッと刺しこめる、隙間だらけだ!



 奥歯のスイッチを押す。


「受け取っていただけ――がふっ」

「遅い」





「0は、なんおくばい何億倍にしても……0,だよ」




 俺の辞表は、何もない空間に落ちた。

 確実にゴスロリの隙間に挟んだ筈の辞表が、リノリウムの床に落ちる。

 紙が床を滑る軽い音と。

 俺が膝をつく音が、聞こえる。


「な、ん……だと……!?」

「じかんをとめた。

 ディザイアの能力をしらないわけじゃないでしょ?」



 ディザスター首領・ディザイアは、膝をつく俺の背後に立っていた。


「ご、ふ……っ! きょ、今日の……一日三回までの制約は、使い切らせた……筈……!?」

「しゅりょうたるもの、かくしふだのひとつやふたつあるもんね」


 ディザイアはくるりとゴスロリを回しながら、俺の背中に乗る。

 少女の幼い体重。

 しかし、限界を迎えていた俺の身体は、たったそれだけの重量でがくっと崩れ落ちる――動けない!



「……おまえのいいたいことは分かった」

「俺は、結社を……やめ……!」

「アジト、いてんすゆ!」



 ぱっ。

 と、俺の背の上でディザイアが手を広げた。



「こんどは交通のべんのいいところに!

 都内・しぶやえきちか3分のところに! じむしょを、じっけんしせつを、しゃいんりょうをせっち!

 こんびにもりだくさん!

 あきはばらまで1時間かからない!」

「ぐ、ぁ……!」

「それなら、文句はないだろう? なぁ、ねぇ……ね?」


 ディザイアは俺の背にもたれかかりながら、そのゴスロリの袖を揺らす。

 無数のフリルが、あでやかに俺の頬を撫でる。


「……だから、やめないで?」


 俺は窮地に陥っていた。

 このままでは、秘密結社をやめられない。

 結社のアジトの位置が改善されたとしても――俺は、この結社をやめる必要があるのだ。



「……いやです」

「なぁぜ?」

「――――ディザスター、結社内誓約第二十一章、十七節――」


 俺は、全身の筋肉をたしかめた。


 腕はもうだめだ。

 膝は立ち上がるだけならできる。

 顎は、顎は動く。何かを捕まえることくらいはできる。

 辞表を掴み。

 ゴスロリに差し込むことぐらい、容易い。


「……やめろ、そこまですることはない。むいみだよ」

「結社内において、首領ディザイアは……」

「やめろ」

「以下のことを、禁ずる」

「それいじょうをつかったら、おまえは――!!」



 奥歯のスイッチを押す。




「結社内恋愛」




 時間が無限に引き延ばされる。

 ディザイアが息を呑む音が、永遠に続くレクイエムのように荘厳に聞こえる。

 はじけ飛んだ大動脈から溢れる血しぶきはまるで豪雨のようで。

 音で耳を揺らし。

 降り注いで、俺を濡らす。


 顔を真っ赤にしたディザイアを、濡らす。




 ――――辞表と共に、奥歯のスイッチを噛み締める。




「ぁ、わ……おま、おまえ……!」


 顔を真っ赤にしたディザイアが、首を振る。

 ふるふると振られて、ゴスロリが、銀のツインドリルが揺れる。

 それは少女の動揺を全身であらわすようで。

 それは、俺の言葉の答えのようで。




「辞表――受け取っていただき、ありがとうございます」




 彼女の言葉を聞くことなく、俺は、意識を失った。









――――――――――――――――


――――――――――


――――――


―――






「プロポーズくらいちゃんとしろよな」

「恥ずい……」


 結婚しました。

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