全ては安らかな夜のため

銀星石

第1話

 クリスマスは変わった。

 プレゼントは工場で大量生産された既製品ばかりとなり、子ども達もそうであれと願っている。

 では子ども達にプレゼントを贈り届けるサンタクロースの使命は終わったのか?

 サンタクロースはクリスマスをロマンチックにするだけの飾りに成り下がったのか?

 

 違う。

 断じて、違う。

 サンタクロースの使命は今も続いている。

 人々が思うクリスマスとサンタクロースのイメージがどれほど変わろうとも、子ども達に贈り届けられるべき、真のプレゼントは変わらない。


 師走・クリスティーナ・美代は深夜の公園で一人佇んでいた。

 サンタクロース服を纏う姿は、ともするとクリスマスパーティーの帰りのように見えるが、静かなる闘志を秘めた瞳と、腰の刀がそうではないと証明している。

 何より、この衣装は彼女の”正装”である。

 腕時計を見れば23時57分とある。後三分で12月25日だ。

 美代の胸には小さな不安があった。


 コルヴァトゥントゥリでの修業。参加者のほとんどが途中で脱落するほどの過酷なそれを乗り越えた自負はあるが、やはり初仕事ともなれば緊張の一つもする。

 ましてや派遣先が母の故郷であるフランスの田舎町ともなればなおさらだ。

 果たして自分に成し遂げられるのだろうか? 

 否、成し遂げられるかではない。

 成し遂げねばならぬのだ!


「全ては安らかな夜のため」


 美代が祈るように言葉を紡いだ時、日付が変わった。

 目の前の地面に、赤くおどろおどろしく輝く魔法陣が現れる。地獄と現世をつなぐ忌まわしき門だ。


「ホー、ホー、ホー」


 美代が行う特殊な呼吸法は、細胞の一つ一つを極限まで活性化させ、彼女は超人と化した。

 そして魔法陣の輝きが頂点に達した時、それが美代の前に現れた。

 瞬間! 美代は抜刀し、刃をそれの首に叩き込む!


 力、速さ、技、その全てが必殺の一撃である。

 ただし相手が人であるならば。

 それは腕で防御した。

 金属がぶつかり合うような音が響く。


 月明かりがそれの姿を照らす。

コウモリのような翼、羊のような角、鉄のような色をした肌。

 それは紛れもなく悪魔であった。


 悪魔は腕で刀を受け止めていた。

 秘密の製法による特殊な合金で作られた刀と美代の腕を持ってすれば、それは鉄すらも引き裂く。

 しかし悪魔の腕は体の他の部位よりも飛び抜けて強靭であり、鋼よりも強固だ。


「忌ま忌ましいサンタクロースめ。今年も邪魔しに来たか」

「お前達に子どもを喰わせはしないわ。私達サンタクロースはそのためにいる」


 毎年、クリスマスになると月明かりに魔力が帯びるようになる。悪魔達はそれを利用して地獄と現世をつなぐ門を創造するする。

 悪魔が現世にいられるのは666秒間。その間に悪魔は子ども達を喰らって力をつけると、その後も現界し続けられる。

 それを防ぐために悪魔を討つ超常の戦士。それこそがサンタの真の姿。


 そしてサンタが子ども達に贈る真のプレゼントとは、悪魔に脅かされる事なく、安らかに眠れる夜である。

 今もこの瞬間、美代以外のサンタが別の場所で悪魔と戦っているだろう。

 共にサンタ修業を乗り越えた仲間達の顔を思い浮かべる。

 ジョン・サンダース、黒井鋼治、赤木鳩美。

 皆、サンタとして別の場所で悪魔と戦っているだろう。

 美代は首を狙って刀を振るう。

 しかし悪魔は滑るように後退して白刃を避けた。


「その武器、その構え。サンタクロース刀殺法だな」


 悪魔が刃を睨む。

 長きに渡る歴史において、サンタ達は悪魔を滅するために様々な武術を編み出した。


 

 ここで読者に知られざる歴史の真実を語りたいと思う。

 サンタクロース刀殺法は、その歴史を辿れば平安時代まで遡る。

 源頼光が妖怪退治のための剣術を編み出し、見込みのある者達にそれを伝授した。

 師走家は頼光の弟子の一人を祖とする一族であった。

 時は流れ、1549年。頼光の技を受け継いだ者達は時代の流れの中に消えてゆき、師走家だけが残っていた。

 ある日、彼らはイエスズ会からの接触を受ける。

 読者の中にはイエスズ会はキリスト教の宣教活動を行う組織であると知っている方がおられるだろう。

 しかし、歴史の真実は違う。

 イエスズ会の正体はサンタの戦闘部隊であり、世界各地で出現する悪魔を密かに討伐して回っていたのだ。

 イエスズ会は妖怪討伐の技術を持つ師走家に、日本で出現する悪魔討伐の協力を要請した。

 師走家はこの要請を受け入れて、イエスズ会からサンタの超人化呼吸法を伝授される。

 そしてそれを頼光より受け継いだ剣術と融合させた。

 サンタクロース刀殺法の誕生である。

 以来、師走家はサンタクロース刀殺法の名門として、サンタクロース弓殺法やサンタクロース空手道といった日本発祥の他流派と共に悪魔討伐を行ってきた。



「噂じゃ相当手強い武術って話だが、どこまで本当かな?」


 悪魔は両の拳を握る。

 ボクシングの構えであった。

 悪魔の恐ろしさとは何か?

 生半可な傷では死なない強靭な肉体と、生まれながらに魔法を使える事は確かに脅威ではある。

 しかし、悪魔の真の恐ろしさは別にある。


 武術だ。

 悪魔は自らの肉体と魔法の能力を最大限発揮するために、武術を身につける。

 生まれつき強いからと驕らず、高みを目指そうとする向上心こそが、悪魔の恐ろしさだ。


「シッ!」


 短く息を吐いた悪魔が一瞬で間合いを詰めて右ストレートを繰り出す。

 美代がそれを刀で受けた瞬間、悪魔の拳から小爆発が生まれた。

 衝撃でふっとばされた美代はとっさに空中で制動をかけ、着地する。

 爆発する拳!

 おそらく炎の魔法・爆発の型を拳に宿していたのだろう。彼のように多くの悪魔は魔法と武術を合わせて使う。


「やっかいね」


 攻撃も防御もうかつには仕掛けられない。刀が悪魔の拳が触れれば、爆発によって先程のように体勢を崩されるだろう。

 悪魔の拳に一切触れる事なく仕留める必要があった。

 無論、達人同士の戦いでそれをするとなると極めて困難になる。


「どうした、サンタ!」


 悪魔がマシンガンのごとく激しい連続ジャブを繰り出す!

 美代は巧みな体捌きでそれを紙一重で避けていた。


「ちょこまか動くな!」


 悪魔が美代の足を踏みつけようとする。人間同士の試合ならば反則行為!

 だがこれはサンタと悪魔の戦いである。反則などない。あらゆる手を尽くして相手を倒さなければならない。

 美代は踏みつけられる直前に悪魔の足首を斬りつける。鋼より頑丈なのは腕のみなので、容易く切断された。


「うぐっ!」


 突然片足を失った悪魔は、痛みで顔を歪めながらバランスを崩して前のめりに倒れ込む。

 首を取る好機! 美代は刀を振るう!


 しかし悪魔も達人である。

 とっさに地面を殴り、爆発の衝撃で素早く身を起こす!

 このわずかな時間で悪魔の足は再生を終えていた。

 首を斬るか、心臓を潰さない限り、悪魔に死は訪れない。

 美代はとっさに後ろへ飛んで避けた。

 再び間合いを開けた美代は、次は刺突の構えを取る。


 悪魔は子どもを喰らわない限り666秒間しか現界出来ないが、さりとて時間切れを待つつもりはない。

 ここで悪魔を逃せば、また来年のクリスマスにさらなる研鑽を積んでやってくるだろう。 

 今ここで! 殺さなければならない!

 サンタクロース刀殺法において、刺突は最速の技。美代は防御する間もなく一瞬で心臓を貫くつもりだ。


 一瞬の静寂。しかし極限の集中状態ではその一瞬すら長い。

 美代は地を蹴り、刺突を繰り出す。

 常人ならば目にも留まらぬ超スピード。だが、悪魔はそれに追いついた。

 悪魔は炎の魔法・爆発の型を込めた裏拳で刀を叩く!

 鈍化した時間感覚の中、悪魔がニヤリと笑う。美代の渾身の一撃を防ぎ、自分の勝利を確信した顔だ。


 小爆発の衝撃が加わり、刀が弾き飛ばされそうになる。 

 悪魔が拳を繰り出した。武器を弾いた衝撃で美代の体勢を崩して一撃を入れるつもりだろう。

 美代はこれを待っていた。

 刀を弾く爆発を利用し、美代は体を高速回転させる!

 月光を受けた刃のきらめきが円を描くと、悪魔の首が宙を舞った。


 必勝を確信したがゆえの油断。美代が放った予想外の回転斬りは見事悪魔の首を討ち取った。

 実力者同士の死力を尽くした戦いは、時にあっさりと決着がつくものだ。

 動揺、慢心、あるいは不運。それらはほんのわずかであっても、敗北と死をもたらすのだ。


 サンタも悪魔も、等しくその摂理からは逃れられない。

 悪魔の体から血が噴水のように吹き出し、美代は返り血を浴びる。

 サンタの服が赤いのはこのためだ。もし血まみれの姿を子どもに見られても、怯えさせずに済む。


 美代は刀を収めた。

 戦いの場となった公園は高台にある。そこから母の故郷を一望できた。

 町を眺めながら、彼女は自分がなぜサンタになったのかを思い返した。



 サンタクロース刀殺法の使い手は日本人ばかりである。

 この流派においてフランス人の母を持つ美代は異色の存在であった。

 師走家の当主である美代の父はフランス人女性と結婚したが、保守的な家風において無視できない軋轢があった。

 父は母と美代を守るために最善を尽くしたが、それでも彼女達を異物として白い目で見る者は多かった。

 そんななある日のことである。

 日本の子どもを守るサンタの一人として。父は鍛錬を欠かさなかった。

 それを見ていた幼き美代は、父の真似をしたくなった。子どもならよくある事だ。

 それに父と同じ事ができれば、少しは自分も受け入れられると思った。

 この時の美代は、幼いなりに自分がここでは異物として扱われると悟っていたのだ。

 庭に落ちていた手頃な枝を手に、父の動きを真似る。


「美代?」


 それを偶然にも父が見ていた。


「それは誰に教わったんだ?」

「教わってないよ。お父さんの真似をしただけ」


 美代が正直に言うと、父は静かに驚いた。

 その翌日に父は子ども用の小さな木刀を美代に渡した。


「これから私のする事を真似してごらん」

「うん!」


 師走家の当主として忙しい父と一緒にいられるのは貴重で、美代は無邪気に喜び、言われた通りに真似て見た。

 後になって気づいた事だが、この時の美代は見ただけでサンタクロース刀殺法の技を完璧に模倣していたのだ。

 それ以来、美代はサンタクロース刀殺法の技を父から伝授されるようになった。

 父から免許皆伝を受けた美代は、真のサンタになるための修業を受けるため、フィンランドのコルヴァトゥントゥリへと旅立った。


 そこでの修業は過酷の一言に尽きる。

 参加者のほとんどが、本修業の前から達人であったが、サンタになるための本修業では才能がないと断じられて落第していった。

 修業を最後まで続け、その年における真のサンタとなれたのは美代を含めてたったの4人だった。


 それから実家に帰った時、もはや白い目を向ける者達はいなくなった。

 同じく母の立場も、師走家始まって以来の天才の母親として、多くの人々が敬意を払うようになった。

 美代にとっては自分が名誉を得るよりも、母の立場が良くなった方が嬉しかった。

 いずれ次代を担うサンタとして期待されるようになり、彼女自身も才能を発揮するための道を望んで進もうとした。


 しかし、父と母は表立って反対こそしないものの、娘がサンタになるのを心から望んでいなかった。

 悪魔と戦うサンタは時に命を落とす危険な仕事だ。親ならばやめさせたいと思うのが普通だろう。

 美代とてサンタになる意味を理解している。

 それでもやらねばならぬと言う突き動かされるような使命感が彼女の胸に宿っていた。

 その使命感に突き動かされ、過酷な試練を乗り越えて、美代はサンタクロースとなったのだ。



 美代は後始末をノーム部隊に任せた。

 彼らはサンタの支援を目的とする者たちだ。悪魔の死骸を回収し、戦いの痕跡を完璧に消し去ってくれるだろう。

 

 静かに眠っている町を歩く。

 子ども達は恐ろしい悪魔が現れたとは知らずに、穏やかで健やかな眠りについてい。

 朝になれば、目覚めた子どもは両親が密かに枕元へ置いたプレゼントを見て喜びの声を上げることだろう。

 明かりのついている家があった。美代の母の実家だ。


「ただいま戻りました」


 そこでは母方の祖父母と両親が待っていた。

 父は現役を引退したとはいえサンタであり、祖父母も母もサンタクロース組織の関係者なので、今夜の戦いで美代が命を落とすかもしれない可能性を理解していた。

 だから美代が五体満足で帰ってきた事に、皆が心から安堵した。

 それからささやかなクリスマスパーティーが開かれた。深夜であることを配慮して、それは静かなものだったが、同時に温かだった。


「初陣はどうだった?」


 父が尋ねる。


「とても恐ろしかったわ」


 美代は正直に答える。家族を安心させるために、恐れなどなかったと去勢をはることもできた。

 しかし、真の勇気とはまず自分の恐怖を認めることから始まるものだと美代は思っている。


「来年も戦えるか? 一度戦っただけで引退しても、私達はお前を決して責めたりしない」


 遠回しにもうサンタとして戦うのはやめてほしいという親心を感じた。母も祖父母も、その表情を見れば父と同じ気持ちだとわかる。


「戦うわ」


 静かに、しかし断固たる意思を持って美代は言った。


「来年もまた勝てるとは限らない。次は自らの血に沈むかもしれない。その恐ろしさは今でも私の心の中にあるわ。でも……」


 言葉を続ける。


「私はこの町を守れた事を誇りに思っている。母さんの故郷だからというだけじゃないわ。私は子ども達の穏やかな眠りを守れたことが誇らしいの」


 美代は家族を見る。


「全ては安らかな夜のため」


 美代は今日のように子ども達を守るため、来年も悪魔と戦う決心した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る