第12話:もう一つの魔力
「イヤだ―!」
「ははっ、待ちなさい、アリシアちゃん」
両手で頭上を押さえながら、部屋中を走り回ってるアリシア。
その後を少しマヌケ顔で口を開けながら追いかけるガルディオス。
こいつが本当にダークエルフの歴史に名を残すあのガルディオスなのか・・・?
同名異人ではないかと心の中で不安が募る。
「アリシア、俺からも頼む。より精密な魔力の分析のために必要なんだ」
「お兄ちゃんがそう言うなら・・・」
ようやく落ち着いたアリシアは横に来てソファーに座る。
ガルディオスは深呼吸をするように、スーッと深く息を吸って左手に魔力を発散させる。
アリシアの前髪を右手でかき上げ、左手を額にかざす。
前髪を上げると、視界に入る右目上の傷跡。
「これは・・・戦闘でできた傷跡なのか?」
「はい・・・」
ガルディオスの質問に罪悪感を覚えつつ、視線を地面に落としてしまう。
元気のない俺の答えを意識してしまったのか、アリシアは
「もう全然痛くないし・・・!」
と意気揚々とした顔で声を発する。
ガルディオスとアリシアが目を瞑ると、魔法陣がアリシアの額の上に形成されていく。
その影響なのか、ぷくっとしたアリシアの両頬が少しずつ膨らみ、わずかに震え始めた。
生成された魔法陣は、より複雑な幾何学のような形になっていく。
やがてその身震いは全身に広がり、アリシアは両手を固く握りしめ、何かを必死に堪えているようにブルブルと身体を震わせていた。
「これは・・・」
目を開けたガルディオスは、深刻そうな表情で魔法陣を通してアリシアを見つめる。
アリシアの身震いも限界を迎えたのか、かなりのしかめ面になっている。
以前カノンちゃんの魔力分析によると、アリシアの中には異様なもう一つの魔力が感じ取られると言った。
それが今ガルディオスの魔力に反応してしまい、体内でマズい事になっている可能性もあり得る。
額の傷跡ともいい、今回の事ともいい、俺は無神経すぎたかもしれない。
「全然痛くないし・・・!」と明るく答えたアリシアの顔が脳裏をかすめ、思考速度より早く俺は即座にアリシアの肩を掴む。
「アリシア・・・! 大丈夫か!」
「ちょっ・・・!」
いきなりガルディオスとアリシアの間を割り込んだ俺の行動に、慌て気味のガルディオスの上半身がのけ反られる。
安全確認のため、少しばかり肩を揺さぶってみると、
「ぷふぁ―!」
と口を大きく開いて息を吐くアリシア。
はぁはぁと荒い息遣いを整えるアリシアは「ん?」と疑問符が付いた表情で俺の方を見ている。
「・・・何をしていた」
「息を止めてた・・!」
「ちなみに理由は?」
「なんかそうした方がいいかなと思って・・!」
当たり前のように答えるアリシアを見てホッとしてしまう。
「君はアリシアちゃんが大好きな妹盲愛かもしれない」
顎をさするガルディオスは真剣な顔で言ってきた。
不慣れな単語に脳が受け入れられずストップをかける。
妹盲愛って・・・。
〘設定済みの言語に変換します 。『シスコン』と推定されます〙
淡々と呟くガルディオスに、「お前だけには言われたくないぞ、このロリコン」と言わんばかりの表情で睨みつける。
「それはそれとして、アリシアちゃんの魔力を分析させてもらったが・・・」
アリシアの魔力総量と魔力はとてつもなく巨大で強力なものだと言った。
それだけならただ強い魔力の持ち主であり、まだ魔力のコントロールが未熟なだけだが・・・。
その奥に、もう一つの強力な魔力の源が感知できたそうだ。
そこまではカノンちゃんの分析と一致している。
要はそのもう一つの魔力の正体だ。
魔力というのは、個人が持っているDNA情報のようなもの。
プレイヤーやNPCといった個人のデータごとに、その人固有の魔力情報が存在するのだ。
イレクシアのゲーム内では、魔力感知の熟練度が高いプレイヤーは、特定のプレイヤーが長年使用してきた物の魔力を分析することで、その使用者の位置を特定できるという。
なぜなら、長い間特定の物を使い続けると、そこに使用者の魔力が自然と宿るからだ。
実際、この系統の魔法ばかりを極め、鑑定士のように手数料で稼ぐプレイヤーもいた。
そのため、どんなNPCやプレイヤーでも、複数の魔力情報を持つことなど普通ありはしない。
しかし、アリシアの場合、確かにもう一つの魔力が奥深くに潜んでいるのだ。
そう。
その正体が判明できないからこそ、ここまで来たと言っても過言ではない。
「そのもう一つの魔力の正体って・・・」
「すまない。その先までは突き止めることができなかった」
高度な魔法の知識を有しているダークエルフすら、この魔力の正体は判明できないのか・・・。
これは無駄足だったかもしれない。
この得体のしれない魔力のせいで、俺はアリシアに魔力のコントロールを教えることができなかった。
ガルディオスも同じく知らないと言うのなら、結局アリシアに魔法を教えるのは難儀であろう。
「しかし、それをコントロールする方法なら分かるかもしれない」
「なら・・・!」
「悪いが・・・君の頼みを聞くことはできない。事情があって、今は魔法を極力使わないようにしている」
現在ガルディオスは非常事態を除くと、できるだけ魔法を使用しないようにしていると言った。
理由があって、今はとにかく魔力を溜めないといけないようだ。
「しかし、自分の魔力総量を超えて魔力を溜めることはできませんよね・・・限界の魔力総量まで溜まると、それ以上は無意味では・・・」
「それは違う」
エルフ族とダークエルフ族は、例外的に自らの魔力総量を超えた量の魔力を体内に溜めておくことができるようだ。
ガルディオスは大分前から魔力を溜め続けてきて、溜まった魔力は自分の魔力総量を既に超えていると言った。
これほどの魔道士が、自身の魔力総量を超えてまでの魔力を溜め込んで、一体何に使おうとしているのだろう。
「話を聞いておきながらすまないが、今の私はむやみに魔法を使う訳にはいかない」
「アリシアに魔法、教えてくれないの?」
しょんぼりしたアリシアは背丈の高いガルディオスを上目遣いしながら質問する。
「そうだな。今ではなく、将来必要になる場面があるから・・・ごめんな、アリシアちゃん」
やや寂しそうな声で言葉を返すガルディオスは苦笑いをしていた。
将来のためにか・・・。
もしかして、ガルディオスはこの時点でアストレリア王国とゴーレム族の侵攻を気づいているのか?
いや、まだ結論付けるのは早い。
もう戦争のことに気づいているのなら、わざわざ一人だけで備え、犠牲になるような真似をする必要はない。
きっと他の理由で魔力を溜めているはずだ。
まずは、その理由を突き止めないと・・・。
戦争が起こってガルディオスが死んでしまう前に。
「分かった・・・! ガルディも頑張ってね!」
アリシアはガルディオスの手をその小さい両手で掴んで上下に軽く振った。
ガルディとは・・・なぜかコーヒーが飲みたくなってきた。
もうここに居続ける意味はない。
この部屋を出て、とりあえず情報を探ってみよう。
ーーーーーーー
「お戻りになるのですか、アシュタロス様、アリシア様」
落ち着いた声がする方向に振り向くと、シルヴェラがお辞儀をしていた。
腰を下げても、シルヴェラの肩にとまっている白い鳥は微動だにしなかった。
「シルヴェラさん、この鳥、やっぱり飼ってるんですか?」
「・・・・・」
どうやら他人が鳥に触れるのはNGのようだ。
鳥の話題は慎もう。
「その可愛い鳥さん・・・触ってみてもいい?」
「はい」
アリシアの質問にはすんなり答えたシルヴェラは、右肩の白い鳥を手に移してアリシアの方へと近寄せた。
両目がキラキラと輝くアリシアは慎重に白い鳥の頭を撫でてみる。
白い鳥は逃げることなく、頭が前後に動きながら受け入れていた。
よし、俺もちょっとだけ触ってみよう。
「やめていただけますか」
シルヴェラの鋭い眼光に睨まれた俺は、思わず手をピタッと止めてしまった。
一瞬放たれた魔力によって、シルヴェラが周囲の使用人とは一線を画す存在であることを改めて実感した。
彼女は強い魔道士だ。
「俺、嫌われてますか・・?」
「いいえ」
いや、これ嫌われてるだろう。
・・・とりあえず街に出て情報収集だ。
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