第11話:大魔道士ガルディオス
プレイヤーの時にダークエルフ族の依頼を受けたことがある。
しかし、その時はギルドを通して依頼を受けたため、依頼主のダークエルフに会うことも、その領地に入ることもできなかった。
ゲームの設定などでよく見かける、森の中で自然と調和を重んじる建物が立ち並んでいる幻想的な風景を思い描いていた。
だが、目の前に広がる光景は調和というより「支配」の方が正しいだろう。
雲を貫くかのように聳え立つ崖と森林に囲まれた王宮は、別の意味で幻想的な雰囲気を漂わせていた。
樹木さえ無秩序に生い茂ることを許されず、幾何学的な配置で並んでいて、その崖すら特殊な意志によって配置された印象を受ける。
活用できる自然の資源は効率的かつ徹底的に利用しつつ、移動経路や防御の側面から妨げになる箇所は確実に排除しておいた領地だ。
魔族の中でも魔法戦なら一線を画す彼らの領地には、魔力の防壁が要所要所に展開されていて、まるで緻密に設計された自然の要塞のように見えた。
これを攻め落としかけたアストレリア王国とゴーレム族はどんな手段を使ったのだろうと思いつつ、俺とアリシアはガルディオスという男の案内に従って、領地の奥に位置している王宮の中に入った。
バルザックとその警備魔道士たちは、王宮の前でかしこまって俯いているだけで、中まではついて来なかった。
王宮の内部には魔力の強い魔道士達と使用人が各々忙しく足を運んでいた。
ガルディオスは使用人の一人に何かを言いつけると、廊下の奥へと姿を消した。
「ガルディオス様からご案内を承りました。シルヴェラ・ナイツェルと申します」
腰回りで整ったベージュ色の髪をしているシルヴェラは深々とお辞儀をしながら、平坦に自分を紹介した。
しんみりした雰囲気を纏うシルヴェラの淡い空色の瞳がこっちに向けられる。
しかし、その瞳にはどこか冷ややかで、温かみを感じさせない光が宿っていた。
シルヴェラに会釈をして通る他の使用人達が、彼女が一介の使用人でありながら特別な存在かもしれないと思わせていた。
現に、飾りが施され、他者とは明らかに違うそのメイド服がそれを示しているのだ。
なぜか右肩にちょこんと座っている白い鳩みたいな鳥と目が合ってしまった。
すごく気になるが、触れないでおこう。
俺とアリシアはある部屋の前に案内され、シルヴェラが特殊な魔法で開錠すると両開きの扉が勝手に開いた。
「こちらで少々お待ち下さい」
無表情のシルヴェラは淡々と述べてから、反対側の廊下に白い鳥を乗せたまま歩いていく。
何だろう・・・カノンちゃんの擬人化?
案内された執務室は丁寧に整理整頓されていて、執務室の持ち主のこだわりと性格が滲み出る空間だった。
執務室の中をそこかしこ見回しながらキラキラと目を輝かせているアリシアを落ち着かせるため、
手を繋いで一緒にソファに腰を掛ける。
「あの絵、魔力で描かれているね!!」
アリシアが指差している絵は、壁の中央に掛けられたこのダークエルフ王国の俯瞰図だった。
大きな銀色の額縁に収められ、重圧感が際立っている。
こうして見てみると、改めて彼らの魔法のレベルがどれほど高位のものなのか思い知らされる。
でも、あの絵が魔力で描かれたと・・・?
全く気づけなかった。
アリシアってやはりとんでもない魔法の才能の持ち主なんじゃないのか?
俺は絵に惹かれたように自ずと銀色の額縁の前に立つ。
額縁に手を出して魔力を感知してみる。
擬似的に操作された魔元素の流れを感じ、そこに魔力を流して正してみようとすると、パチッ!とスパークのようなものが発生し、指先が弾かれた。
指先がブルブルと震えて痺れる。
〘登録された使用者以外の魔力を遮断する仕組であると推測されます〙
ありがとう、カノンちゃん。
どうせなら触る前に言ってほしかった。
「何をしている?」
どうやら最悪のタイミングで現れたようだ。
主人の許可なく、勝手に物に触れているこの光景は俺としてもあまり好ましくないが・・・。
「魔力で描かれた絵があったから触ってみたの・・!」
「ほぉ・・・?」
意外と子供には弱いタイプなのか?
あどけなく答えるアリシアを見たガルディオスは、威圧的な顔をほぐして興味津々そうに反応する。
その表情の変化があまりにも大きく、つい「ロリコンなのか?」と思ってしまう。
「君はどうやら魔力感知に優れているようだな。この絵は、私が線一本一本に魔力を繊細に流し込んで描いたものだ。それに気づくとは・・・少し驚いた」
微笑ましくアリシアを見ながら、そのサラサラとした白銀の髪を撫でようとすると、
「ダメっ・・・! アリシアをナデナデできるのはお兄ちゃんだけなんだから!」
さっと俺の方に顔を逸らすアリシアは、目を丸くしてキラリと琥珀色のビームを瞳から発射していた。
多分、「よくやったでしょ?」と言いたげな目線だ。
眩しい・・・。
そして徐々に傾くロリコン説。
「ははっ、実に仲の良い兄妹だな。だが、こうして悪魔族を目にする日が再び来るとは・・・。あの戦争以来、実に200年ぶりか・・・」
アリシアのおかげで、部屋に満ちた緊張感が少しほぐされた。
得意げな顔で放たれたアリシアのアイ・ビームを受けながら、俺はソファに腰を掛けた。
快く笑ったガルディオスも向かい側のソファにおもむろに座る。
やはり騙したことから改めて謝ろう。
この人物は恐らくこの国で結構な地位を持っている。
逆にこの人の目に入れば、アリシアに魔法を教えてくれそうな魔道士を紹介してもらうのも簡単であろう。
「先ほどの無礼を、まずお詫びさせてもらおう」
「いえ・・・元はと言えば先に正体を騙していたので」
ガルディオスは初対面でいきなり俺達に叫び出したことを謝ってくれた。
軽くお辞儀をするガルディオスを見て、より深くお辞儀をしながらアリシアの方にチラリとサインを送る。
口パクで「ほら・・・!」と更にお辞儀を促してみる。
察しなかった様子のアリシアは少しの間、目線を宙に泳がせ、パッと両目を大きく開く。
やっと分かってくれたみたいだ。
「よしよし~」
柔らかくて小さい手が頭をそっと撫でる。
のんびりな声色のアリシアは、笑顔を浮かべながら左手を動かしていた。
「この子に撫ででもらえるとは羨ましい。では、改めて紹介しよう。
私はこの国の王宮大魔道士、ガルディオス・フォルセリアンだ。
ここには魔法の知識を求めて訪れたと聞いているが、間違いないか?」
「アシュタロスです。こっちは妹のアリシアです。はい、実は・・・」
俺とアリシアを交互に見るガルディオスの声は低いながらよく通っていた。
耳元に残る一言一句の低い声色は、ガルディオスに対する信頼感さえ漂わせていた。
やはり勘違いのようだ。
こういう人がロリコンのはずがない。
ガルディオス・フォルセリアン・・・名前すら素敵だと思ってきた。
ん? 待て、ガルディオスってまさか。
例のあの遺体か・・・!
「お兄ちゃん・・・?」
「ごめん。少し考え事があって・・・」
考え込んで黙り込むと、アリシアが心配そうな顔で俺の方を見ていた。
なぜ最初に気づかなかったんだろう・・・!
目の前にいるガルディオスは、将来ダークエルフの歴史に名を残す英雄になる魔道士だ。
しかも、王宮大魔道士だなんて、魔法の実力は間違いなく折り紙付きだ。
これ以上おあつらえ向きの魔法の師匠など、他にいないだろう・・・!
「その通りです。俺たちは魔法の知識を求めてここまで来ました。この子、アリシアの師匠になっていただけないでしょうか・・・!」
「それは・・・」
真摯な眼差しをガルディオスに向けてみるが、彼は少しこわばった顔で困ってるように唸っていた。
俺より比較的に好感度の高いアリシアが頼んだ方がより効果的かもしれない。
「アリシアもほら、一緒に頼んでみよう」
ぼそぼそとアリシアの耳元に呟くと、アリシアは自信ありげな顔でこくりと頷く。
アリシアはソファから立ち上がり、向かい側に腰を掛けているガルディオスに近寄る。
両腕を勢いよく宙に振り上げ、
「お願い・・・!します!」
バンッ!とガルディオスの両膝に叩きつける。
アリシアの高らかな声と膝の打撃音が同時に執務室の中で鳴り響く。
そして必殺技だと思われる先ほどのアイ・ビームを真剣な顔でガルディオスの方に発射していた。
ちょっと痛そうだ。
「ははっ、アリシアちゃんと言ったか。しっかりしていて元気のいい子は嫌いじゃない」
微笑ましい笑顔で再びアリシアの白銀の髪の毛に手を差し伸べるガルディオスを見て、アリシアは素早く両手を頭上に上げて防御する。
「だからダメ!」
断固とした表情でピシャリと言い放つアリシアを見たガルディオスの口角は、さっきよりもっと緩
んでニヤッとしていた。
・・・やっぱロリコンか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます