6-2 「沼の噂」を広めた男
狩野 晶は、あっさりとシグナリアス社の事務所に来た。
「ああ、あの沼に防犯カメラ仕込んだ奴らでしょ? そこはまあ面白の範疇だからいいけど」
どうもこの男の考えていることは、簡単には理解ができないようだった。
ちなみに水田の方はというと、外傷らしき外傷はなかった為本人の意向もあり、彼のアパートに帰された。こちらはこちらで、疲労困憊もあってかひどく素直になっていたらしい。
「もうやだ……賽銭箱なんて作るんじゃなかった……ってずっと言ってました」
とは、彼を送って行ったリンの話。
***
シグナリアス社事務所。
応接ソファにどっかりと腰かけた狩野はぺらぺらとこう話した。
「俺があの家を引き継いだのは、結構最近なんだよね。別にずっと昔から定住してるわけじゃなかった。だから庭に沼があること自体は、まあ気にしてなかったかな。不自然じゃあなかったよ。池も沼も小さな竹林だって、なんでもあったしね。ただ、沼にそういう……ありとあらゆるものを飲み込み、そして飲み込まれたものは沈んで帰ってこない、なーんて特性があることは、最近まで知らなかった」
「どうやって知った?」
七夏子が尋ねる。晶は長い髪を耳にかけると、あっさりと答えた。
「叔父に聞いた。っていうか叔父が作ったらしいよ、あの沼。うちの一族秘伝の古文書に書いてある通りに」
「こ、古文書読んで作ったぁ?」
サキが唸る。
「そう。叔父が、家の書庫にあったのを見つけたんだよね、古文書」
「叔父の名は、確か……
「おやよく知ってるね」
「その叔父っていうのは……亡くなったんだったか」
「そう、死んだよ。今年の4月頃にね」
「そうか。……で、あんたは叔父から話を聞いただけで、直接読んでないのか、その沼について書かれた古文書とやら」
七夏子からの問いかけに、晶は大げさに肩をすくめた。
「読めるわけないよ。とんでもなく難解で、ありとあらゆる言語の知識に精通していないと読めないようになってるんだから。で、まあ、そんな面白い沼の噂を流したら、みんなどういう風に捨てに来るのか気になって見てみたくなったから、噂を流したってワケ」
「……で?」
「で、って何が?」
「いや、気になって……それで?」
「え、気になったから噂を流した。それだけだけど?」
「はぁあ?」
思わず立ち上がりそうになったサキを、七夏子が片手で諫める。
「要するに沼の噂を能動的に流した理由は、興味本位か」
「そゆこと」
「じゃ、じゃあ……ただ、みんながどう反応するか見たかったから?」
「うーんそれ以外に特に理由無くない?」
「こ、こいつぅ! そんな理由で怪異を弄んで」
「待ってくれ」
七夏子がサキを手で制し、言った。
「じゃあ呪いの人形はどうなんだ」
「呪いの人形?」
晶は、はて、と首を傾げた。
「なにそれ」
「とぼけんなよ!」
サキが語気を強め言った。
「呪いの人形、街中に蔓延してる奴。それがあの沼から作られてる事、こっちはもう知ってるんだからな!」
「……」
晶はゆっくりと顔を七夏子に向けると、まるで狙いを定めるように彼女を見た。七夏子は、まるで決闘でも挑むように、彼の視線を受け止める。
随分長く、二人は見つめあっているように見えた。そこで交わされたのは、肝を試す決闘か、或いは腹の探り合いか、それとも言葉を越えた何かか。
いずれにしろ、周囲から見ても長く感じたその時間は、実はほんの1分程のことであった。
「俺は知らない」
晶がゆっくりと言った。七夏子は小さく息をつくと、晶を刺し殺しそうな目で睨みながら、言った。
「本当だな?」
「本当だよ」
晶は答えた。七夏子は暫し椅子に背を預けると、ふー、とため息をついた。
「……嘘ついてなさそうだなぁコレ」
「じゃあワケわかんないじゃんっ!」
サキが髪の毛をぐしゃぐしゃ掻きむしった。七夏子もまた暫し何かを考えるように唇に手を当てていたが、やがて諦めるように首を振った。それから言った。
「ひとまずその、一族に伝わる古文書ってのを見せてもらえないか」
「……いいけど。対価高いよ?」
試すような物言いに、七夏子は一切臆する事なく返した。
「用意できるモンなら何でも用意する。言ってみろ」
「じゃあ、頼むよ。もしも、出来るならね」
晶はふふっと笑って言った。
「いわゆるeスポーツって知ってる?」
「そりゃまあな」
「じゃあさ、陣取りバトルゲームの『UMA- Colosseum』も知ってる? CMとかよく流れてる奴。この間なんかでっかい駅ジャックして一面広告流してたもんね」
「え? あ、あぁ」
晶は、『はてさてどうかな?』と、七夏子を試すような挑戦的な目を向けた。
「この間さ、その世界大会が開かれたわけ。で、そこで優勝したプレイヤー、ムツキのサイン入りTシャツが欲しい。あ、日付と俺への名前入りで。捏造防止のために、書いてるところを動画で撮影したデータも添えてね」
晶が、「無理難題をつきつけてやった」と、満足げにフフンと鼻を鳴らす。一方対面の七夏子は、ふーっとため息をついて両手を伸ばし、ソファの背もたれに身体を預けると、カラリと笑った。
「いいだろう。今すぐ本人呼びつけて、目の前で書かせてやる」
「えっなんでそんな人脈あるの」
「血の繋がりだよ」
七夏子はスマホを手に取り電話をかけ、相手が出ると即座に言った。
「おい兄貴、今からうちの事務所来てくれ。可愛い可愛い妹からのお願いだ」
<続>
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