☆24 災厄の兆し
サイレニア連邦の領土に入り、暫くすると馬車は小高い山を登ることになった。山道は狭く、両側には高い木々が生い茂り、時折、鳥のさえずりが聞こえてくる。
馬車の窓を開けると、ひんやりとした空気が入ってきて、深呼吸をすると新鮮な香りが肺に広がった。この山を越えた先に今回の目的の街があるそうだ。
馬車の中で、今までタイミングを逃して聞いていなかったことを確認してみた。
「そういえば、エリシアって何者なの? どこの国の人?」
俺はエリシアに視線を向けながら尋ねた。
それに答えたのはユナだった。彼女は少し微笑んでから、
「エリシア様は、このサイレニアのさらに東、エルダリン王国という私たちエルフの国の王女様です。」
!!!!!
王女だったのかよ!!!
俺は驚いてエリシアを見つめた。
え?王女ってこんな自由に冒険とかさせてもらえないだろ、普通……。
凄い金持ちの娘だとばかり思ってたわ……。
そりゃガルドとフィア、それにメイドたちが俺にあんな態度取ってくるわけだよ。
「お、王女様だったんですか.....。エリシア様、今までのご無礼、どうかお許しを……。」
俺は全身から血の気が引くような思いで辛うじて声を絞り出した。
すると、エリシアはあからさまに不機嫌な表情となり、厳しい口調で言った。
「ソウタ、今まで通りの態度で接してください。次にエリシア様なんて呼んだら怒りますよ。」
いやいや、そうは言ってもさ……。
ノアとユナはニヤニヤしながらこちらを見ている。
俺の反応を明らかに楽しんでやがる。
聞くんじゃなかった……。
言葉に詰まった俺は馬車の窓から外に目を向けると、どこか遠くから視線のようなものを感じた。獣の類ではない。
何かもっと異質で、説明しがたい視線だった。
「どうかしましたか?」
「いや、何かちょっと視線のようなものを感じまして、いや感じて。ただ、今はもう消えたので、気のせいだったかも……。」
誤魔化すような口調になってしまった。
まぁ、大丈夫だろう。
気のせいだったかもしれない。
今は何も感じないし。
俺は再び窓の外に目を向けた。
木々の葉は風に揺れ、さわさわと心地よい音を立てている。
やがて谷間に差し掛かると、清らかな川が流れ、その水音が静かに響いていた。
その後、特に何事も無く、暫くして山の頂上に差し掛かると、視界が一気に開けた。眼下には広大な平原が広がり、緑の絨毯のように一面に草が生い茂っている。
遠くには小さな村が点在しているように見えた。
平原を横切る川は、太陽の光を受けてキラキラと輝いている。
「あそこに見える村を抜けて、そのまま直進すると今回の目的の街があります。あと二日もあれば到着するでしょう。」
「今日はあそこの村に泊まるのか?」
俺は意識して、今まで通りの口調で話す。
「そうですね。あそこに着く頃にはちょうど夕方位になるでしょうし。」
◆◆◆
辿り着いた村は何だか活気が無かった。
時間帯のせいもあるだろうが、外には人影もあまり無い。
どうやらこの村には宿屋が一つしかないらしく、その外観も王女様がお泊りになるにしては、ちょっとどうかと思うほどのみすぼらしさだった。
これじゃ、飯も期待できないな……。
同じようなことをノアも思っていたのだろう。
「この村は活気が無いというか、随分陰気だね。人の気配はするけど、何だか静まり返ってる。」
と、宿屋の主人に対して投げかけた。
「あんたたちは西から来たんだろ?だったら、知らなくても無理はない。一年くらい前からこの先のリヴァンデルを中心にじわじわと疫病が広がり始めていてね。この村にも影響が出始めてきたんだよ。この村からあそこに出稼ぎに行く連中もいるしな……。」
宿屋の主人は深いため息をつきながら答えた。
疫病?
ヤバいんじゃないの、それ。
「エリシア様、ひょっとすると……。」
ユナがエリシアに不安げな視線を向けると、エリシアは真剣な表情で頷いた。
「ええ。恐らく、今回の目的の魔神の可能性が高いですね。急いだほうが良さそうです。明日は朝早く出ることにしましょう。」
宿屋は内装も外観と同じく古びていて、埃っぽい匂いが漂っていた。
だが、今は休息が必要だ。
明日からの本番のためにしっかりと休んでおかないとな。
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