埼玉県立桜中央高等学校
「今でも、星川くんがお母さまを殺したとは考えられないんです」
コップの奥底に沈んだ苦いコーヒーを飲んだようにそう言ったのは、星川斎月の担任教師を務めていた
❀❀❀
実春に渡された第一編集部からの資料の中には、少年Aではなく、星川斎月という名前が書かれているものがあった。もちろん、それは世間に出るものではなくただのメモのものであって、世には出ていないが。
検察庁から「星川斎月」という名前が公表されたという話は聞かない。
だからその名前が出たのは、記者の手腕によるものなのだろう。そもそも被害者の身元がわかった時点で、被害者についての情報をかき集めるのが記者という生き物だ。その際、家族構成だって、もちろん確認する。そのあとで「息子が犯人だ」と開示されてしまえば、名前は簡単にわかる。
だが、星川斎月は16歳の――20歳になっていない少年だ。
少年が犯人である場合、報道はかなり制限される。
星川斎月という個人を特定できる名前はもちろん伏せられ、彼には少年Aという記号が付され、埼玉県在住の16歳の少年ということのみが明かされた。被害者の情報だけが明かされていた初期には、「星川聖子」の名前が報道されていたが、その犯人が息子であり、さらに彼が未成年であることが判明すると、星川聖子の名前も曖昧にされていった。ゆえに世間で、「星川斎月」の名はほとんど知られていない。
実春も、第一編集部からもらった資料を読むまで、まるで知らない名前だった。
いまどきはネットで事情を知っている人が情報をばらまき、バレてしまうのではないかと思ったが、そんなこともなさそうだった。警察にもそういったことを専門としている部署がある。おそらくそうしたパトロールをしているのだろう。星川斎月という名前はヒットしない。「星川斎月」とGoogleで検索すると、最初に出てくるのは星川杉山神社という横浜市にある神社だ。
とはいえ、実際の人の口に、戸は立てられない。
事件現場となった星川家付近で少し話を聞いて回ると、彼の通っていた高校の名前がすぐにわかった。
埼玉県立桜中央高等学校。
一時期、Wikipediaに情報がでていた学校と名前が合致していた。
Wikipediaは、基本的に「誰でも編集ができる」という特色を持ったサイトである。ゆえに多くの情報が集まるものの、それに信憑性があるかと訊かれると正直微妙なものがある。「K市マンション女性殺害事件」のページに、犯人の通っていた学校名が掲載されていると知ったときも、「まさか」と実春は内心馬鹿にしていた。そんな誰でも見られるようなサイトに、一般人が知らないような情報が出てくるとは思えないからだ。載せられていた学校に対して、なんらかの恨みを持つ人間が、学校の評判を落とす目的で戯れに打ち込んだものとした方がよっぽど信じやすかった。
だが、そうではなかったらしい。
もしかしたら、あの事件の犯人が「星川斎月」だと知っている――例えば、学校の先輩や後輩、同級生など――人が、情報を編集したのかもしれない。どういった理由かはわからない。単なる、自己顕示欲なのかもしれない。
考えを巡らせたところで仕方ないため、実春はとりあえず、埼玉県立桜中央高等学校について調べることとした。
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