記者・仁野実春の章〖第3話〗疑問

 第一編集部から貰った資料を読んでいた実春は、隣で三時のおやつのカロリーメイトを食べる真湖に「あの」と声をかける。



「ん?」


「真湖さんって、第一にいたときって刑事事件を追ってたんですよね?」


「うん、そうだね。まあ、記事書いてたのは刑事事件だけじゃなかったけど、主にやってたのはそうかな。殺人事件とか強盗事件とかね」


「そのときに、犯人が少年だったことってありますか?」


「んー」少し考えた真湖が、右手の指を折っていく。五本すべての指を折り曲げたところで、「うん、あったね」と答えた。


「じゃあ、その記事を書いたこともあるってことですよね」


「まあ……そういうことになるね。って、なんだか回りくどいね。結局、何が訊きたいの?」


「いや、その……すごく初歩的な質問で申し訳ないんですけど、少年犯罪って、動機とかあんまり書かれないものなんですか?」


「え? なんで?」


「いや、それが……」



 デスクに資料を広げる。

 新聞記事や雑誌記事。WEBの特集記事やYouTubeにあげられたWEBテレビ番組の動画を文字起こししたもの。

 新聞も雑誌も、デスクに広げたものとは違う新聞社や出版社から出ているものもあったが、内容にほとんど差異はない。言葉の言い回しが少々違う程度だ。ここに広げる必要はない。


「その……動機が、どこにも書いてないんですよ。K市マンション女性殺害事件で逮捕された少年が、実の母親を殺した動機が、どこにもないんです」


「……え?」


 一瞬、表情を凍らせた真湖は、デスクに広げられた資料をひとつひとつ拾い上げて読んでいく。最後に動画を文字起こししたものを読み終えたところで、「本当だ。どこにもない」と零す。


「少年犯罪って、やっぱり成人が起こした事件と扱いが違うじゃないですか」


「そう、だね。少年法があるし。社会復帰とかを一応、中心に考えるからね」


「だから、何かが違うのかなって思ったんです」


「……確かに、報道規制がかかるし、扱いだってだいぶ違うよ。でも、動機が語られないってことはないんじゃない? 私も少年犯罪の記事書いたとき、動機を書いた憶えあるけど……」


 そう言いながら、真湖はパソコンでGoogleを立ち上げる。そして検索エンジンに「少年犯罪 事件 ニュース」と打ち込む。ほどなくして出てきた検索結果から、一番日付の新しいものをクリックすると、「土下座させ、金品奪ったか、強盗容疑で少年ら4人逮捕」という事件が出てきた。


 事件の内容は、路上で適当な男性に声を掛け、脅し、金品を奪ったうえで逃走したというものだった。逮捕されたのは成人ひとりと少年が三人。成人に関しては、名前が公開が公開されているが、少年たちの名前は伏せられている。だが動機に関しては、どちらも公開されていた。


 成人が「金が欲しくて」というもので、少年たちが「ノリでやった」というもの。少年たちが語った動機だからといって、伏せられていなかった。

 成人と少年の違いは、名前が公開されているかどうかのみである。



「うん、やっぱり。普通に動機は書くよ。私だって書いたことあるし」


 他の事件のニュースも適当に開いていく。


 殺人未遂、強盗、窃盗、脅迫、暴行。


 あまりにも多いニュースの数に、日本の少年たちがこんなにもたくさんの事件を起こしているのかと悲しくなる。目についた一つひとつのニュースをクリックして確認してみると、ニュースの文面には少年たちが語ったとみられる動機が書かれていた。


「むしゃくしゃしてたから」


「悪口を言われて、イラっとしたから」


「遊ぶための金が欲しかったから」


「人間関係に悩んでいて、どうしたら良いかわからなかったから」


 など。


 どれもこれも犯罪にまで至ってしまったことに対し、「なんで」と問い詰めたくなるものばかりだった。胸糞悪いともいえるものもたくさんある。


「胸糞悪い……ですね」と実春が思わず零すと、真湖は「犯罪が起こる理由には、美しいものってないと思うよ」と笑う。


 まあ、それはそうだろう。


「まあ、動機の善し悪しは置いとくけど……。とりあえず、少年犯罪であっても、犯罪を起こした理由は普通に語られるよ。そんで、それが発表されて、記者が記事にする。……それが通常だよ」


「ってことは、やっぱりK市マンション女性殺人事件は、ちょっと変わってますね……」


「変わってるかどうかはわからないけど、まあ、特異な事件ではあるよね。だからこそ、河蝉部長が目を付けたんだろうけどさ。普通の、そのへんにありふれているような少年犯罪だったら、河蝉部長がわざわざ調べろだなんて言わないだろうしさ。しかも現在進行形じゃなくて、2年前の過去の事件なわけだから」


「まあ……それはそうですね……」


「それで、実春ちゃんは動機が書かれていないってことに、疑問を持ったわけだ」


「疑問というほどのものではないですけど、こう、胸がざわざわしたみたいな感じで。何かを隠されているような気がしたんです」


「いいね。それは記者のアンテナが動いている証だよ」


「……そうなんですか?」


「うん、少なくとも私はそういうところから目をつけて、記事を書いたりするかな」


「なるほど……これが……」


「それで? 実春ちゃんは、その事件の記事を書くにあたって、犯人の少年Aの動機を書くの?」


「はい。……あるいは、動機が語られなかった理由とか」


「ほー。難しいところに切り込んでいくんだね」


 にやりと笑う真湖に、実春が「え、そうなんですか!?」と驚く。


「いや、そりゃそうでしょ。結局、動機を調べるってことは、その人の心を調べるってことなんだからさ。動機が語られない理由もおんなじだよ。結局は、その人の心を探るってわけなんだから」


「まあ、確かに言われてみれば、そうですけど……」


「心を調べるってことは、事象だけ追っていけば良いような、基本的な取材じゃないってわけだ。これは大変だぞー」


「そんなぁ……」


「それにそのAくんが今、少年院にいるってことは、直接の取材もできないんだからね」


「そう、ですよね」



 少年院の収容者への面会は、原則として3親等以内の親族に限られる。一般的な拘置所のように、一定の手続きを踏めば取材ができるというものではない。

 当然ながら、単なる零細WEBコラム記者の実春に、少年Aと面会する権限はない。

 つまり本人へ動機を訊く以外の方法を用いて、その真意を探らなければいけないということだ。

 わかりやすくしおれていく実春に、真湖はくすりと笑いを零す。




「ま、頑張りな。……実春ちゃんならできるから」

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