第17話 フーマの掟

 早速とSクラスの役職が決まったため、学園長先生のところへ報告に向かう。


 エレノアとカイには先に帰ってもらった。こういうのは生徒会長の仕事だ。俺も先に帰って良いと三雲に言われたが、俺単体では転移魔法陣は使えない。あれはハルトさんの血を引く者にしか使えないため、結局待ちになる。だったらと、三雲と一緒に学園長先生のところへ報告に行くことにした。


 だけど、空き家で待機していた方が猛烈に良かったと後悔する。


 シュゥゥゥ──。


 廊下を歩いていると、唐突に風を切るような音が聞こえてきた。


「なん……え!?」


 振り向いた時、目の前をなにかが通り過ぎた。


 そのなにかは廊下の突き当りの壁に刺さった。


「……手裏剣?」


 遠目でも見てわかる。壁には手裏剣が刺さっていた。


「なぁ三雲。異世界の学園の廊下には手裏剣が飛んでくるのか?」


「流石に異世界だからって手裏剣は飛んで来ないと思いますが」


「だったらこれって三雲を狙っているんじゃ?」


「今のは明らかに私じゃなく、京太くん目掛けて飛んで来たと思いますけど」


「俺ぇ?」


 なんで俺なんだか。


「やいっ! 一体どこのどいつ……ひぃぃ!?」


 声を荒げたところで、次に俺の真上から槍みたいなものが降って来やがる。


 間一髪で避けることに成功したけど、当たってたら串刺しになってたぞ、おい。


「ちょこまかするな。キョータ」


 どこか聞き覚えのある無機質な声が聞こえてくる。


 目の前にはいつの間にか、くノ一風に制服を改造した女の子が立っていた。


 ブルーブラックの長い髪をポニーテールにしているその子には見覚えがある。


「お、お前は……リン」


「お知り合いの方ですか?」


「知り合いっつうか、クラス選別トーナメントで倒したくノ一だ」


 そうだ。こいつとはクラス選別トーナメントで戦い、負かした相手。


 そんな相手に俺が狙われる理由ってのはただ一つしかない。


「そうかい、リン。お前は俺に、クラス選別トーナメントで負けた復讐にやって来たってわけか」


 ビシッと名探偵風に指を差してやる。


「違う」


「京太くん。カッコつけていますが、違うと仰っていますよ」


 ノリノリで言った手前、めちゃくちゃに恥ずかしい。


「だ、だったら、なんでこんなことをするんだ!?」


 恥ずかしさを隠すように少し大きな声で彼女へ問い詰める。


「フーマ一族には掟がある」


「フーマ一族の掟?」


「そう。フーマ一族は決して醜態を晒してはならない超絶クールな一族」


「自分でクールって言っちゃったよ」


「あの日までクールでカッコよくてかわいくて強い、フーマの最強と謳われていた私が……」


「自己方肯定感が高めに育ったんだね。成功体験が多かったのかな」


「あんな醜態を晒して負けた……!」


 あんな醜態……。


「あー、そういえばネコに包まれて幸せに逝ったな」


「フーマの掟では醜態を晒した者は処刑される」


「辛辣な一族だな」


「だが」


 ギロリと睨みをきかせて、どこからともなく巨大な手裏剣を出しやがった。


 また幻覚ファントム能力スキルかと思ったが違う。本物の手裏剣みたいだ。


「醜態を晒した相手を殺せば関係ない」


「とんでもない掟だね」


「だからお前を殺す」


「そしてお前もとんでもないな」


「しねっ! キョータ!!」


 リンは迷いなくこちらに巨大な手裏剣を投げてきやがる。巨大な手裏剣は俺だけではなく、三雲にも襲いかかる。


「三雲。こいつの狙いは俺だし、学園長先生へ先に報告に行っておいてくれ」


「わかりました」


 巨大な手裏剣を三雲と会話をしながらノールックでジャンプしてかわす。流石は転生者同士。息のあった回避である。


「リン。こっちだ」


 俺は廊下の窓をぶち破って外に飛び降りた。


 パリンッと割れた破片と共に俺は宙を舞う。


 ここは4階。プラスして丘の上にある。窓の外には森が広がっていた。


 わぁ、大森林へダイブ♪


 とか能天気なことを言っている場合じゃない。


 この高さから普通に地上に降りたら、いくら転生者の特権を受けている俺でも大怪我をしてしまうだろう。だから俺は拳銃で自分の脳天をぶち抜いた。


『ブレイブオーラ』


 黄金のオーラが俺を包み込み、身体能力が上昇する。


 ブレイブオーラを発動させておけば、この高さでもこのまま頭が上で足が下の状態、足から着地すれば大丈夫だろう。


 リンもくノ一だけど、流石にこの高さからは追って来ないだろう。


「キョータ。殺す」


「あの高さから普通に飛び降りるとか、流石忍者」


 感心している場合じゃない。


 リンはいつの間にか小太刀を持っており、空中で斬りかかってくる。


「ちょ!」


 空中戦なんてやったことはないけれど、ブレイブオーラのおかげで相手の動きが遅く感じ、簡単に避けることができる。


 避けることはできたが、そのはずみで体勢を崩してしまう。頭と足が逆転してしまったよ。このままだと着地に失敗して頭から落ちてしまう。流石にブレイブオーラを身に纏ったままでも頭からはまずいと本能が騒いでいる。


「おい、リン! このままじゃお互い危ないぞ」


「お前を殺せば掟を守れる。それで良い」


「フーマの掟に従順過ぎるだろ」


 くそ。このまま相手の攻撃をかわすだけじゃだめだ。かと言ってこの体勢では攻撃なんてできない。


 まずは体勢を整えよう。


 自分にかかる重力に逆らいながらなんとか頭と足を元の状態に戻すことに成功する。これ、ブレイブオーラを発動させてなかったら絶対無理だったな。重力とは恐ろしい。


 そしてリンが攻撃してこないよう、後ろから羽交い締めにしようとする。


 しかし、なかなか思い通りにはいかない。


 瞬時にリンが振り向いて、恋人みたいに正面から抱き合う形になってしまった。


「くっ! 離せ!」


「離したら攻撃しない?」


「殺す」


「ですよねー。だから絶対に離さない」


「くそっ! 離せ!!」


「だあああ。暴れるな! あ、ほら! もう地上だから、あっという間に地上だから!」


 言葉の後、すぐに足に衝撃が走る。足から一気に頭の天辺まで衝撃がやって来ると、脳震盪で気絶しそうになる。


 そのまま前に倒れそうになるが、リン抱きしめている状態で前に倒れたら彼女が下敷きになっちまう。途切れそうな意識の中でそんな甘い判断を下してしまう自分がいた。なんとか踏ん張ってみると、力配分を間違えてそのまま後ろに倒れてしまう。


「いでっ」


 後頭部に衝撃が走ったと思った途端に、「きゃ」というかわいらしい悲鳴と共に、唇から柔らかい感触があった気がした。


 だけど、そんなことは気にしている余裕はなく、俺はそのまま気絶してしまった。


 ♢


「京太くん。大丈夫ですか?」


「う、ううん……」


 三雲の声が聞こえてきたところで意識が戻る。


「あれ、俺……なんでこんなところに……」


 辺りを見渡すと森の中にいた。どうして自分がこんなところで寝ていたのか。まさか酔っぱらってこんなところで寝てしまったのかと焦るが、この世界に来てから酒なんて飲んでいない。


「リンと呼んでいたくノ一風の女の子から逃げる時、窓から飛び降りたのを覚えていませんか?」


「リン……あ、そうだ、あいつは!?」


 三雲の質問がトリガーになる。瞬時に思い出すことができた俺は、すぐさま立ち上がり警戒する。しかし、辺りには三雲以外の人はいないみたいだ。


「あれ、リンは?」


「私が来た時には京太くんだけが気絶していましたよ。外傷はなさそうですが、大丈夫ですか?」


「あ、ああ。そうだな」


 自分でも確かめるが、特に外傷はなさそうである。毒を盛られた可能性も考えるが、異常はなさそうだ。


「もう、京太くん。ガルハートさんの能力を使って着地って考えだったんでしょうけど、流石にあの高さから落ちたらタダでは済みませんよ」


 言われて頭上を見上げると、天空にそびえ立つようにセリオンド王立学園の校舎が見えた。


 あそこから落ちて来たと考えると、なんとも無謀なことを思い付いたんだな、俺。


「流石に無理があったか。勉強になったよ。それにしても、よくここだってわかったな」


「空き家に戻っても京太くんの姿がありませんでしたからね。もしかしたら落ちた先で戦っているのではないかと思って戻って来たんです」


「迷惑かけたな」


「貸し一ですから」


「姫様に貸し一は怖いな」


「ふふ。さ、学園長先生にも報告は終わりましたし、帰りましょう」


「だな」


 リンはいなくなったみたいだし、もう安心だろ。


 しかしリンの奴、隙だらけなのにどうしてなにもしなかったんだ?

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