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「忘れていらっしゃるようなので申し上げますけれど」
「何だ?」
「私も、エイドリアナ王女殿下と同じ十七歳なんです」
「は?」
「ですから、私もデビュタントなんです。フォレット伯爵家のジュエリーセットをお貸しすることは構わないにしても、大舞踏会でランダル様がエスコートしてくださらないと私、ひとりぼっちなんですけど」
私の言葉に、ランダル様がぽかんと口を開けました。その口からは「あ」とも「う」ともつかぬ、おかしな声が漏れています。
「アイシア、君は……もう十七歳になっていたのか?」
「ええまあ、先月に。ランダル様とのお茶会を兼ねて、こじんまりした誕生日パーティーを開いたのですけれど。あの日のランダル様は、エイドリアナ王女殿下の宮殿で『不測の事態』が起きたとかで、ご欠席でしたわね。その前も不測の事態で途中退席、さらに前は大遅刻でお茶だけ飲んで速攻帰られましたから、誕生日について話す暇もありませんでした」
「す、すまない。本当に毎回不測の事態で……」
「慣れていますから大丈夫です。私の誕生日や、現在の年齢なんか、頭の片隅にすらないだろうな、とも思っていました」
「いや覚えて──いや、いやいや、ま、間違って覚えていたようだ。てっきり八月四日だと……」
「あら惜しい。四月八日だったんですよ。本格的な社交シーズンの始まる五月より前に十七歳になりましたから。今年の大舞踏会、つまり二か月後に社交界デビューなんです」
私は優雅に微笑んで見せました。
ランダル様はだらだらと滝のように汗を流しています。どうやら本当に焦っているようです。主君であり従妹であり妹のように思っている王女の護衛と、一応は婚約者である私のエスコートは、決して両立できないという現実を前にして。
普通の騎士だったらちゃんと根回しをして、大舞踏会の日は婚約者のエスコートを優先するはずです。しかし彼にはそれができないのでしょう。
(大舞踏会は再来月に迫っている上に、エイドリアナ王女の護衛は少数精鋭で、補充もないという話だし)
クロスランド王国の貴族令嬢は一般的に、十三歳から十五歳で婚約者を決めます。
領地での教育を終え、王都流の教育を受けるためにタウンハウスに居を移す年齢がそれくらいなのです。十二歳までは領地で暮らし、王都へは年に数回遊びに行く程度です。
ちなみに男性はこの限りではなく、二十歳を過ぎても遊び回っている方もいらっしゃいますが。
お相手を決めるのは本人ではなく親や親族で、重要視されるのは家柄と財力、両家が結びつくことで新たに生じる利益やコネです。
私は資源豊かな領地を持つフォレット伯爵家の娘で、唯一の相続人でもあります。
父ブルーノと母モリーは、三年前に領地で起こった落石事故で亡くなってしまいました。さらに悪いことに、まだ五歳だった弟のアマートも一緒に天に召されました。無事だったのは、王都のタウンハウスで一流講師から指導を受けていた私だけ。
クロスランド王国は女性の爵位継承を認めていないので、現在は母方の叔父キャントレ侯爵が後見人として、何くれとなく私を助けてくれています。
フォレット伯爵家の領地と爵位は、私とランダル様の間に生まれる二番目の男の子が継ぐことになるはずです。二人の関係が順調に実を結べば、の話ですが。
とにかく、私との婚約はアクアノート公爵からしたら実に『美味しい話』で、息子の意見を一度も聞くことなく決めてしまったそうです。
当時十七歳だったランダル様は、やっぱりエイドリアナ王女の『不測の事態』のために駆けずり回っていて、父親からの手紙を開く暇もなかったとか。彼が婚約の事実に気づくまで、私は二度お茶会をすっぽかされました。
「アイシア、俺は……」
「あ、続きの言葉は言わないでください」
ようやく口を開いたランダル様に、私は言葉と手の動きでストップを伝えました。『デビュタントのエスコートはできない』なんて、婚約者から聞きたくない言葉ナンバーワンです。
「覚悟はしていました。婚約してから一度もお誕生日おめでとうのカードすら届かなかったし、今日のお茶会も手ぶらでいらっしゃいましたから、私のことなんか眼中にないんだろうなって。誕生日を勘違いされていた、というのはせめてもの救いです。だからいいです、私はひとりぼっちで」
「アイシア、俺は!」
「デビュタントの令嬢の婚約者が何らかの理由でエスコートできない場合は、父や兄が代理を務める決まりですけれど、私にはそのどちらもいません。かといってデビュタントを欠席することは許されません。大舞踏会にご招待くださった国王陛下に対して、それは不敬に当たりますから」
「アイシア!」
「大丈夫です、ご挨拶の時間以外は壁際でひっそりやりますので。足をくじいたとでもいえばダンスは回避できますし。さあ、急いでジュエリーセットを決めてしまいましょう。ランダル様はお忙しいのですから」
私はすっくと立ちあがりました。
もうランダル様の顔を見たくなくて、急いで彼に背を向けます。すると壁際に立つ、鬼のような形相の使用人たちの姿が目に入りました。生まれた時から私に仕えてくれている執事のニコラス、侍女頭のミリーです。
「ニコラス、ミリー、お願い。ランダル様を大金庫に案内して差し上げて。私はちょっと疲れてしまって」
「アイシア、せめて謝罪をさせてくれっ!!」
私の背中にランダル様の叫び声が被さります。
(これ以上惨めにさせないで!)
そう叫び返したいのをこらえ、私は滑るように歩いて応接室を出ました。
ランダル様が追いかけてこないのは、彼にとって私がエイドリアナ王女以下だからでしょう。あるいは武闘派の執事と侍女頭に抑え込まれているのか。
(ランダル様の御心は、十中八九前者よね。謝罪がしたいということは、やはり私のエスコートはできないということだもの……)
唇を噛んでも涙をこらえきれそうになくて、私は隣の部屋に飛び込みました。
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