2、依頼と段取り

「私の付与魔法は基本属性の火・水・雷・風・土の5元素を付与するの、特異元素の光・闇は出来るけど多用はできないから無いと思って」


元素とは魔法属性の呼称。

淡々と自身の魔法を説明する付与魔道士ヒスイ。

協力はすると言ったけど今すぐにと言った覚えはない。

頭が痛い、体が重い、吐きそう、ヒスイが喋る言葉も理解できないほどに酔いが残っている。

もういいや、寝よ。


「……ちょっと!ねないでよ!!」


寝転がった体を左右に揺られる。

本来であれば豪快に吐瀉する所、女性の前という手前情けない姿は見せたくない。

気だるい体を起こし満面の笑みを浮かべるヒスイと対面。


「と言うことで今からクエストに行きましょ、とりあえず魔獣相手に試しに」


どんな流れで魔獣対峙の話が出たのか理解できないがヒスイの魔法を見るのにはちょうどいい。

ちょうどいいんだけど。


「なんでもいいから明後日にしてくれないか、本当に吐きそう」


青ざめた俺の顔を察してか仕方なしとヒスイは部屋から退場。

聞き分けは良い方で一安心、それと吐かなくてもう一安心。


「水いるか」


目を開けると赤髪の女性からはげ頭の男に変わっていた。

窓からさす夕陽、もう夕方か。


「悪いなベーグル、昨日あんだけ祝ってくれたのにこの体たらく」

「本当ごめん」


「一昨日の話だろそれ」

「気にすんなこんくらい、それに良い相棒を見つけれたようで安心だ」

「あの嬢ちゃんお前を探す旅に王都中を駆け回ったって話だぜ、なんでも王城に乗り込んだとか」


王城に行ったのかあの人。

まぁ王国の兵士は王城勤務もするけど、王城と兵団本部は全く別の所に建っていると知らないはずはない。

少し不安になってきたな、そういえば明後日どこで待ち合わせるか言ってなかった。

まぁこの酒場にいれば会うか。


2日後の夜、ベーグルの酒場に行くとカウンターにヒスイがいた。

片手に水、口の中にはフォークを突っ込んでいた。

俺を見るや口の中の物を大きく飲み込み急ぎ口調で話す。


「やっと会えた、昨日居なかったからどうしようかと思ったの」

「本当に会えて良かった」


安堵の表情を浮かべている所悪いけど明後日と言ったはず。

まぁ俺も酔いが残ってたし言いそびれてた可能性がある。


「時刻と場所を言い忘れてた、申し訳ない」

「今度からは次会う日取りを決めてから解散にしよう」


「そうね、とりあえず依頼を取ってきたからこれからいきましょ!」


ヒスイの手には依頼書。

魔獣「ウェート」の討伐、場所は王都から南西に行った森林地帯。

やはりこの付与魔道士は人の話を聞かない様子。

俺は今日、打ち合わせるつもりで来たんだけどヒスイは違ったらしい。


「ヒスイ、はやる気持ちもわかるが夜中に王都結界の外に行くのはまずい」

「都市部に張られた結界の外では魔獣が近寄ってくるし危険だ」


「アレス……剣聖って割に小心者なのね」


その飲んでる水をぶっかけてやろうかと言う激情に駆られたが静止。

別に剣聖と言っても剣技を称えられ称号、実践経験は普通の兵士と同じ。

夜中に突撃を仕掛けれるほどバカじゃない。


「出立は明日の9時、馬車は俺が用意しておくから南西の門前に来てくれ」


「了解!」


「じゃ、また明日南西のも……」

「なんだよ」


酒場から帰ろうとしたら伸ばした手で裾を掴まれる。


「夕食まだなら一緒に食べましょ?」


まぁ食べてきてないし、いいか。

ベーグル酒場のチキンは絶品、肉厚という点では王都1位を断言できる程に厚い。

調味料もベーグル配合になっており病みつきになる。

隣のヒスイは魚料理、毎朝新鮮な魚を仕入れていると言っていたな俺も今度食べてみるか。


「ねぇアレス、昨日流れで魔王を討伐って言っちゃったけどさ、それも了承してくれたって事でいいの?」


「まぁ目標は高いに越したことは無いからな」

「それに王国兵団の人達を見返すとなると魔人、魔王を倒さないと意味がないし」


「そっか、やっぱアレスは剣聖だね」

「私も魔王を討伐したいからさそれまでよろしくね」


魔王討伐は全人類の悲願。

本当にヒスイと共に討つ事ができればお飾りの称号ではなく本当の意味で俺は「剣聖」になれる気がする。

まぁでも流石に魔王を討伐するには2人じゃ足りない、出来ることがあればせいぜい宮廷魔道士の支援くらいだろう。

魔王軍の幹部を打倒できれば上々、それくらいは期待したい。


「やっぱ剣聖ってすごいの?」


肉を食べながらヒスイの会話に応答する。

どんな修行をしているだとか剣技って誰から教わったとか平凡な質問。

別に普段から人と話さないと言う訳ではないけどこうやって自分の話を聞いてもらうのは不思議な感じ。

どこの部隊にいっても少しのけ者扱いだったし。

それにヒスイの事も気になる、色々と。


「ヒスイはなんで付与魔道士になったんだ?」


「なんでか……まぁそれしか道がなかったってのが正直なところかな」

「魔法選定で「最上層レートクラス」になったんだけど攻撃魔法が全然習得できなくて、治癒魔法も上手くできなかったから他の支援魔法の付与を覚えたの」


過去を話すヒスイの顔は普段浮かべる笑みとは対極の悲しげな表情。

まぁ嫌な過去を思い出すのは辛い、思い浮かべるだけで心が締め付けられる。


「じゃあまた明日ね」


肉を食べ終え帰宅。

いよいよ明日から付与魔法との親和性を確かめるため依頼に出かける。

どうか全身複雑骨折だけは勘弁してくれと願いながらベッドに潜る。

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