第3話 初通学
釈然としない。
そんなモヤモヤを抱えたままジェイミーは制服に袖を通し、支度を進めてゆく。
魔法学園の制服は首元をネクタイで締めたシャツの上に開襟平襟の黒の上衣で一見するとジェイミーも馴染み深い軍服に似ている。しかし、丈は膝下までと長く装飾も控え目で軍服特有の威圧感はない。若者に受け入れられやすいようスタイリッシュさにやや重点を置いているような印象が見受けられた。
「…………」
思い出されるのはスィヤームが最後に向けてきた眼差し。
自分は積極的に喋らないというだけでコミュ障ではないはずだ。
それなのに何なのだろうか。あの可哀想なものを見るような目は。
何回あの光景を脳内再生して考えみても腑に落ちない。
何故あのような哀れみのこもった視線を向けられなければならないのか。
そう言えば他にも重症だとかよく分からないことを言われていた気がする。
念のため医者による診察を受けたが何の異常も発見されなかった。
あの場ではスルーしてしまったが、どういう意味だったのだろうか。
もしかするとこういうことが理解出来ないあたりがコミュ障と言われる原因なのでは、と考えかけるもすぐに違うとかぶりを振って否定する。
「おれはコミュ障なんかじゃない......」
ジェイミーはそう自分に言い聞かせるように言うと宿を出た。
◇
キャメロット。シオン帝国の皇都であり、中心に天を衝くほどの高さを誇る『世界樹』を構える自然と文明が調和した大都市である。
キャメロット全体には『世界樹』の根が広がっており、それが都市の周りを囲い城壁を形成していた。
この『世界樹』の城壁は独自の防衛機構を有している他、削られたり、燃やされたりしてもすぐ修復される再生能力を有しており国の心臓である王都の防衛に大きく貢献している。
しかし、魔法学園があるのはそんな『世界樹』の城壁の中ではなく、そこから少し離れた郊外。と言っても自然の中に校舎がポツンとあるわけではなく、周辺には生徒や教師の生活を支えるための学園都市が形成されており、キャメロットには及ばないものの様々な施設が作られ賑わいを見せている。
学園へ続く通学路は人が二十人は横に並びで歩ける広さの街路を挟みこむように学生をターゲットにした飲食店、魔道具店、小売店が列をなすように構えており、一般的な家屋はほとんど見受けられない。
まさに学園に通う生徒のために作られた学生街と言った風情だと街路を歩く制服姿の少年少女を見ながらジェイミーは感じていた。
「――なるほど」
周囲の観察に徹していたジェイミーはここであることに気が付いた。
それは道行く生徒達のほとんどが二人以上で談笑しながら登校しているということだ。
同じ通学路を歩いていて初対面で打ち解けたと言った印象ではない。気心の知れた者同士特有の距離感が見て取れる。
それもそうだろう。
この国の上流階級には魔導師が多く、必然的に魔法学園に通う者は貴族家庭の出身者が大半を占める。
そして貴族社会は家同士の付き合いを重視し、交流する。それは歴史が浅いこの国でも同じだ。
つまり入学の時点で生徒たちの人間関係はある程度出来上がっていると言うことで全く面識のない初対面の者が輪の中に入るのはハードルが高いと言わざるを得ないだろう。
それでもジェイミーが悲嘆に暮れることはない。
何故なら彼は自分がコミュ障だと頑なに認めておらず、友人を作るという任務を遂行する気が毛頭ないからだ。
否、本人はその認識はまったくない。
スィヤームから言われたのは学園を卒業することと同級生である皇女の護衛であり、この
このように都合良く曲解していた。
そして周囲の生徒よりも速い歩速で数分。目の前に帝立魔法学園が姿を現した。
魔法学園は城を思わせる外観の荘厳な建築物だった。鉄柵とそれに対応するように張られた結界に囲まれた敷地の広さは下手な町よりも大きく、その中にはいくつもの校舎棟や研究施設が点在している。
まだ入学式の開始まで二十分以上はあったが、特に寄り道する理由もない。
高く聳え立つ門をくぐり、入学式が行われる大講堂へ真っ直ぐ向かおうするが、そこへ気になるやり取りが耳に飛び込んできた。
「何!? 学園長はまだいらしていないのか!?」
「はい……出張先からお帰りになる途中で馬車が壊れたようでまだお時間がかかると――」
声の方を見ると余裕のない表情で正装姿の男二人が話し込んでいた。恐らくは学園の職員だろう。
どうやら入学式が始まる直前だと言うのに学園のトップが遅刻中らしい。
そのまま話を盗み聞きするとどうやら学園長不在のまま入学式を敢行するが、途中からでも出席出来るように時間を出来るだけ引き延ばすつもりのようだ。
話し合いを終え、駆け足でどこかへ走り去ってゆく教職員二人の背中を見届けながら同情の念を抱いた。
想定外のトラブルほど神経をすり減らされるものはない。
それが原因で任務を失敗しかけたことがある分、ジェイミーは他人事に感じられなかった。
それにしても学園長も運がない。
入学式の前日まで仕事詰めの挙句、出張先で事故に遭ってしまうとは――、
「――いや」
本当に偶然か?
そんな僅かな違和感を胸の内で覚えた。
明確な根拠はない。本当にただの勘だ。
だが、そこに第三者の意図のようなものを感じられずにはいられなかった。
ならば一体何の目的で――
そう考えた時、ジェイミーは無意識の内に周囲に目を張り巡らせていた。
緊張と期待半々の面持ちで学園へ足を踏み入れる生徒達、切羽詰まった表情で忙しなく駆け回る教職員ら、そして鉄柵の外で行き交う人々、風で揺れる木々、雲ひとつなく広がる蒼穹。
それら全てを俯瞰した結果、一つの事実に辿り着く。
「――なるほどな」
大悟した声色で独りごちると懐から
「こちら『
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