最強の諜報員ですが、コミュ障が原因で魔法学園へ強制入学させられました〜一応任務の一環です〜

終夜翔也

第1話 新興国家の諜報員

 そこは海浜に面した森林だった。

 まだ国の整備が行き届いておらず、港はおろか簡易的な停泊所すらない。

 あるのは対岸の見えないどこまでも広がる水平線と鬱蒼と生い茂る木々、そしてその間に挟まれる貝殻混じりの砂浜だけ。

 こんな未開の地に用事のある人間などいるはずもないのだが、今宵は事情が異なっていた。


 「おい、大丈夫か?」


 「はい……隊長。腕を少し焼かれただけです。それでもかなり痛みますが……利き腕じゃなかっただけマシか」


 隊長と呼ばれた髭面ひげづらの男の声に黒の蓬髪ほうはつの男が左腕の怪我を押さえながら答える。

 二人は身を屈め、闇夜の森に姿を隠していた。

 いや、二人になったと言うべきかもしれない。


 「……他の隊員は無事なんでしょうか?」


 「そんなこと私にも分からん。だがこの暗闇の中、森に隠れた我々を見つけるのは難しいだろう。現に戦闘音や悲鳴の一つも聞こえてこない。無事と見ていいと思う」


 この二人は何者か。

 結論から言うと彼らは非正規のルートでこの国に侵入した他国の工作員であった。

 

 シオン帝国。それがこの国の名前だった。

 新大陸オーストクティカに建国された帝政国家で広大かつ肥沃な大地に加え豊富な地下資源、優れた魔法技術によりわずか建国十八年で世界有数の大国へと発展を遂げた新興国である。

 だが、産声を上げたばかりのシオン帝国は未だ統治が行き届いていない地域が多くあり、その隙を狙う形で侵略を目論む国は多い。

 二人もそんな国の尖兵だった。


 彼らは貿易船に乗り込み、海を渡りオーストクティカへやってきた。そのまま港から入国しようとすると検問に引っかかる恐れがあるため途中で小舟に乗り換え、離れた地点から上陸。

 既に潜入している仲間らと合流し、下された任務に取り掛かるはずだった。


 しかし、早々に出鼻を挫かれることなる。

 一番気の緩んだ上陸直後、夜の空からいくつもの攻撃が降り注ぎ、それだけで十人以上が命を落とした。

 敵の奇襲であると理解した工作員たちは即座に迎撃に転じようとしたが、不思議かな攻撃の主の姿は見当たらない。

 戸惑う彼らを他所に再度攻撃が放たれ、またひとり砂浜へ倒れる。

 そしてひとり、またひとりと死体が量産されてゆく。


 すると死の恐怖に耐えきれなくなった一人が悲鳴を上げ、森へ向かって逃げ出した。

 それを皮切りに皆が散り散りになって駆け出す。

 その間にも最初に逃げ出した者を含む数人が攻撃の餌食になったが、約半数が身を隠すことに成功した。

 隊長と蓬髪ほうはつの男もその内の二人というわけだ。


 「では、敵はオレたちを見失ったということですか?」


 「恐らくな」


 「それなら早くこんなところ逃げましょうよ。いつまでもいたら見つかるかもしれません。」


 「慌てるな、あの数の攻撃だ。敵が何人いるかも分からない。気配を殺し慎重に――」


 「一人ですよ」


 二人の背中を若い男の声が撫でた。

 返ってくるはずのない返答に硬直してしまうがそれはほんの一瞬。

 すぐさまその場から飛び退き体を反転、そして一瞬の目配せアイコンタクトの後、同時に攻撃を放つ。


 「〈渦巻け〉――[螺旋旋風スパイラル・トルネード]!」

 「〈燃え盛れ〉、〈紅蓮の炎〉――[灼熱放射フレイム・バースト]!」


 この世界には魔法と呼ばれる神秘、奇蹟を体現する業がある。

 男二人が使用しようとしているのはその中で最もポピュラーなジャンルであり、化学的、物理的現象を操る魔術だった。


 詠唱とともに二人の前方に魔法陣が展開、そこから攻撃が放たれる。

 放たれたのは第三階位魔法嵐風らんぷう系魔術[螺旋旋風スパイラル・トルネード]と同じく第三階位魔法火炎系魔術[灼熱放射フレイム・バースト]。

 円を描きながら驀進する暴風が豪炎を呑み込み、真紅の渦巻を生み出す。


 事前の打ち合わせなどない。だが、どう動くべきかなど言葉にする必要もなかった。

 敵を確実に殺す。

 その意思のもと即興かつ阿吽の呼吸で技を合わせ、魔術の威力を底上げさせる。


 合わさった二つの魔術は周囲の木々を燃やしながら声の主に迫りゆく。蜷局とぐろを巻いていた大蛇が獲物を見つけ、体を伸ばして襲いかかるように。

 そして、炎の大蛇が大きく顎門を開けるようにして獲物は食らいつく――、


 「〈阻め〉」


 寸前で弾かれた。


 「「なっ!?」」


 炎の竜巻が弧を描くように男から逸れてゆく。まるで半球形ドーム状の障壁にでも守られているかのように。


 「隊長、あれは……」


 「ああ、魔術だ」


 見ると男の足元には魔法陣が展開されており、炎を防ぎ切ると同時に縮小し消え失せた。


 「あんな短い詠唱で……」


 「余計なことを考えるな。今はヤツを倒すことだけを――」


 その言葉は最後まで続かなかった。

 何の前触れもなく、光条が二人を同時に襲ったからだ。

 いや、前触れはあった。

 ただダラリと下げていた右手の人差し指を僅かに二人へ向けた。まるでまばたきでもするかのような自然さで。

 それ故、危機を察知しきれず反応が遅れた。

 

 気を抜かず男の挙動を注視していた隊長は身を捩ることで何とか急所を避けることに成功するも蓬髪の男はまるで反応出来ずに攻撃を受け、即死した。


 「〜〜〜〜ッッ!!」


 全身を駆け巡る強烈な痺れと熱に身体を痙攣させ、膝を着く隊長。

 辛うじて意識は手放さなかったが、指の一本も動かせない重傷だった。


 そこへ男の抑揚のない声がかけられる。


 「大丈夫ですよ。貴方への攻撃は威力を弱めましたので。死なれては情報を聞き出す人がいなくなりますから」


 おぼつかない意識の中で隊長はその科白セリフに違和感を覚える。


 「いなく……なる……?」


 「ええ。他の方々は既に始末しました。隊長である貴方さえいれば必要な情報をのに事足りると判断しましたので」


 「あり……得ない……」


 手練れの工作員二十六人全員を視界の悪いこの暗夜の森の中から正確に見つけ出した上に十分前後の短時間で片付けた?


 「一体どうやって?」


 心の中を読んだように男が言うと隊長へ近づいてくる。

 

 「教えませんよ。知りたければ工作員スパイらしく自分で聞き出すべきです。こんな風に」


 目の前まで来た男が隊長の頭を左手でがしりと掴む。

 同時に希薄となっていく意識の中で隊長はあることに気が付いた。


 (若い……コイツ、一体何歳いくつなんだ?)


 鼻から下が左右に吸収缶が付いた黒のガスマスクのようなもので覆われているため顔全体は見えないが、骨格はまだ丸さを帯びており、顔立ちもどこかあどけなさ残しているように見える。


 「〈我が意思に応じよ〉、〈不可視の糸〉、〈そしてすべてを晒せ〉」


 そして意識が途切れる直前、隊長はあることを思い出した。


 (そう言えば聞いたことがある……シオン王国には少数精鋭の諜報部隊が存在し、その中でも恐れられる魔導師はまだ年端もいかない青年であると。その者の前ではあらゆる攻撃は防がれ、あらゆる防御は崩され、あらゆるはかりごとは看破される……そして付いた異名は――)


 思考できたのはそこまでだった。

 隊長が完全に意識を手放すと同時に体からも力が抜ける。

 しかし、その体が地に倒れることは許されなかった。


 「――――」


 青年――ジェームズ・フレミングは意識を失った隊長の頭を掴んだまま考え事をするように目を閉じている。

 そして数秒が経った後、目を開け頭を手放した。


 (作戦の詳細は知っていなかったな。念のために何人か生かしておくべきだったか――)


 倒れた隊長を見ながらそう思案するがすぐに否と首を横に振る。

 部隊のトップが知っていないことをその部下たちが知っている可能性は極めて低い。


 (合流して初めて任務内容を聞かせるつもりだったということか。用心深い連中だ……)


 だが、合流場所とその時間は分かった。

 盗聴の可能性も憂慮して通信ではなく、直接報告すべきかとも考えたがそんな悠長なことはしていられない。このまま現場へ向かうべきだ。


 (――来たか)


 そうこぼすと木々の間から肌にピタリと張り付いたアースカラーの戦闘着を着用した集団が姿を現した。

 その中の一人が歩み出ると口を開く。


 「『天階てんかい』殿ですね?」


 「……ああ」


 自分をコードネームで呼ぶ男の問いかけに僅かな間を置いたのち、マスク越しのくぐもった声で肯定した。

 彼らは中央情報庁諜報工作部の諜報員たちで所属する隊こそ違うものの同じく秘密工作等を担当する諜報員だった。


 「ご指示を」


 「――こいつはまだ息があるから連れ帰れ。他の三十五体の死体も持ち帰ることを忘れるな」


 死体は情報の宝庫だ。体は勿論、身に付けているあらゆる物――ポケットに入った塵の一片からでも情報が得られることがある。


 「後は頼む」


 「え……ちょ――」


 対面時間僅か十秒。

 それだけを伝えると戸惑う諜報員らを置き去りにし、合流場所へ向かった。

 残された彼らはしばらくポカーンとしていたが、やがて我に帰ると言われた通り死体の回収を始める。


 「これは――」


 作業を続けている内に諜報員たちはあることに気が付いた。

 それはいずれの死体も急所のみに攻撃を受けているということ。

 これが意味するのは――、


 「一撃で倒されている……」


 「ああ……全員心臓に攻撃を当てられるか、喉を掻き切られるかしている」


 「これがシオン王国裏の精鋭部隊【分隊】最強と言われる『天階てんかい』か」


 「諜報員になるために産まれてきたのかってくらいには優秀だからなあの人。出来ないことなんてあるのか?」


 「そんな人間はいないぞ」


 賞賛の言葉を口にする班員たちの間に口を挟んだのは天階ジェームズと比較的付き合いの長い彼らの班長だった。


 「確かに彼は天才だ。諜報員に求められるあらゆる技術が高水準。大きな失敗したなどと言う話も少なくとも私は聞いたことがない」


 「なら――」


 「だが、飛び抜けた天才ほど大きな欠陥を持っているものだ。特に彼の場合は諜報員としては致命的な欠点がある」


 「それは一体――」


 「その前に一つ言うべきことがある」


 班長はそう前置きすると熱心に見つめてくる自分の部下たちの方へ体を向けた。


 「私がこんなことを言うのは何も下世話な世間話が好きだからではない。今後も彼と一緒に任務を行うかも知れない以上、彼について理解していてほしいからだ。そうすれば、お前たちが無駄に戸惑うこともなくなるだろうからな」


 「戸惑う……ですか?」


 「ああ。あと、彼にこのことはあまり言わないでくれ。……本人は頑なに認めたがらないからな」


 そう前置きして班長はやや言いにくそうに語った。


 「彼は口数が少ない上に他人ひととの会話の投げ合いがあまり得意ではない……砕けた言い方をするならばコミュ障というやつなんだ」

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