②
鳴りもせぬ イヤホン耳に 昼休み
腕を枕に 守備表示ヨシ
眉と近く鋭い、生意気な視線。トンビくらいなら使ってくれそうな鼻。細くすぼめた唇。親頼みの散切り髪。
色白細身にアバラが整列。全自動眼鏡掛け機、今日もフラフラ肩落とし。
絵に描いたような陰、
ソレがボクだった。
友達など別クラスに一人ぐらい。相手がどう思ってるかは怖くて聴けない。
趣味は人形劇。だれが見るんだ誰が。ええ、教えてくれよ。なぁ頼む。ウィズでもハッピーでもいいから。
まぁボッチだ。高校入学早々、しくじるか否か。チャレンジすら出来てない。もうちょっとくらいベ○ッセを続けておくべきだった。後悔してももう遅い。よろこべザマァ系だぞ。
さて、醜い
その日もいつも通り、ふて寝を決め込みては放課後。教師の手、肩にポント置かれた次第だった。
「後はアナタだけよ
ト、少しばかり親心か。和やかなお叱りをもらう。
置かれた紙に目をこらす。こいつめ!、ト怒りを込める。
「睨んでも消えないわよ、
次は少し冷たい声だった。
歪めた口の先、でかでかと綴られる三文字、"部活動" ト眼に入った。
そうだ。コイツだ。自宅警備員は認められない。我が国にはびこる職業差別に涙が止まらない。私はアベ政権を許さない。
カギをガチャリ。椅子に座りてペンシルスカートを少し折る。「ヨシ! ト26歳独身、アニメ染みた気合いをお入れ遊ばしては、テストの採点を始めり候。
あなやあなや、恐ろしきかな。身震いもほどほどに。さぁ逃してはくれぬ。いよいよ決めねばならんト一念発起。目の前の白紙に眼を配る。
されど鉛筆コロコロく-く。消しゴム君、負けじとコロコロく-く。皆頑張っております。本体クン、もうチョット頑張ってください。
落ちるはずも無い鼠さん達、祈り縋って数十分。名前だけ書いた紙の中心は、よもや何か察してくれト言いたげに、黒ずんでいた。消しゴムくんは、ねりけしさんに転職していた。ああそうサ、多様性の時代サ。そういう時代だモンな。
何も、
絵なら得意だ。クラリネットだっていける口だ。文芸や演劇は……まぁ在れば入るだろう。在れば、
部活ぐらいスポーツを。
御父様御母様が宣われり、この
どうするどうする、どどどどどーすんの。いっそこのまま謡ってやろうか。
汗で紙が滲んでくる。友にスマホで――流石に没収されてしまうか。いやしかし――
ひたすらひねり続けた首と頭。いよいよフクロウのモノマネを会得しそうになった頃。
ソレは入ってきた。
突撃してきた。。
「こんちゃース☆!
ハツラツの挨拶。バント開く扉。
はじけ飛ぶカギの悲鳴もお構いなし。ローファーはコンコント高らかに。どこか清涼感の漂う香水が、鼻をくすぐった。
「まぁ、
さん!
「ゴメンせんせー、作戦会議長引いちゃった!
ジョウハリ マツミ。
天真爛漫の無敵ギャル。クラスのマドンナ、ご光臨あそばせ。
勢いよく外れ、ブチ壊れ、思春期に少年から大人に代わり、動かなくなった扉。
亡骸を踏みにじり、置き去りに、手を合わせて謝る。しかしそれどころでは無い。破壊音に立ち上がっていた先生は、ヒザから崩れ落ちた。
「そ、そっちでは――ッ、ト真っ青になった顔。目の前でまた一枚、お国の皆様が納めし税金が決壊する。コレだから戦争はダメだ。何も産まない。
当の本人はキョトン顔。「ん?どしたし?、ト眼を丸めては、ぱちくりばかり繰り返す。
「まぁ。……いっか。給料じゃないし……
しばらくグルグル眼を回していたが、先生もやがて納得してしまった。いや好くないだろう。ボクは一人、思わず出かけた言葉を呑み込むのに必死だった。
常識がない。
苦手だ。
特にギャルほど怖い物はない。
自分たちより全てが、全てが上だ。
来訪せし破壊神。
正に権現といって差し支えない。
恐ろしい。
いよいよボクは震えだしていた。
いやはやとんでもないヤツだ。ジョウハリ。ボクはキミを誤解していたようだ。
掃除班が一緒になった時、いつも下請けさせられていたゴミ捨てを手伝ってくれたキミよ。アレは幻だったんだな。いやはや――
「隣良ーい☆?
「ア、ハ、ハイダイジョウブデス! ゴメンナサイ……
「何あやまってんの!、ハハハ
「あ、アハハ……
「普段から前後ろじゃん! 照れんなし!
バシント一回、強く背中を叩かれる。
ぶおおぶおお! ホラ貝鳴きけり、心のドアこそ、今怒濤にせめいで泣き叫びけれ!
オレンジが、オレンジが実ります。季節は春におきて、夏かも知れぬ。ただこの実り豊穣につとめて、ふさわしき瀬戸内。心地よい温風こそ、ほほえみましては。いよいよみずみずしくも艶やかに。実れり橙たちの産声、啓きては心躍れり候。あな美し哉。
ジョウバリ!!
いやマツミさん!
ボクは貴女を誤解していました。
いや、全くもって。今こうして全身全霊、お許しに成られるのであればコレより我が舌。一生靴磨きとして終身名誉を賜りたく存じ上げます。
嗚呼クソ参ったぞ。どうしよう。どうしようか。ねぇどうしましょうか。ええ。誰も相談なんてしたかないってのに。何を訊いているんでしょうネ全く。
心の臓ドクンドクン、かき鳴らしてはドゥビドゥバブギウギ。黙って聞いてりゃチュピチュピチャパチャパ。
逸る視線には目もくれず。自分勝手にステージ、独奏であります。
構わん。叫べ叫べ。ロビカリーの再来を見せつけよ。黒船上等の巻。
暴れ回るボクの横、「んー、ト彼女。鼻にペンを乗せ、脚を伸ばしまして。頭の後ろに手を組めば、いよいよその抜群のスタイルは、上に主張を強めまして。双子丘 "ぐい" トかかげ、童貞ソレを崇め奉りかしこみかしこみ。
参ったぞ、参ったぞ参ったぞ!
今夜も夜行列車は臨時急便。忙しいったらありゃしない。ええホントに。お待ちください姫、只今ぷれみあむしゐと為る物を買ふて参りますぢや!
――うるせぇな。早く死ね俺。
ムリです死にません。生きる!
精神年齢は小学三年生。心の中での大山鳴動。フルコーラスの最終楽章。彼女のくるくるト回しだしたペンが指揮棒のように舞って。その赴くままに音色を代えて叫んでいる。轟いていく。コッチを向いて、近づいてくる。近づいてくる?
「見すぎー、
「う、うわぁや! いや、すいません!
艶めかしさすらあるアヒル口の唇が、目の前で動いて。眼がスット細まり、妖しく、からかうように笑う。
ペンはボクの額にコツンと当たった。なんてことはない。ボクの脳が粉々に砕け散った。何も書いていない紙を、何故か必死に覆い隠した。
「ナニナニ隠したじゃん!……おかし?
「、え、あぁ。イヤ。まだ、チョット!
「えーウソだ! ホラホラ決めないと、センセーおこだよ。ぶー!
「は、っはハ、そーダネ、!うん。!
マツミ様。本日のご公務。肘に手を当て、わざとらしく横を向き、頬を膨らませてご覧になられる。
心臓、動かし方。至急グーグル先生、お教え賜りくださいませ。
ぶりっ子の怒りんぼは、舌打ちして冷笑して。ボールペンで拷問するんじゃなかったのか。アレだけド深夜にSNS、お気持ち表明していたじゃいか。
ボクはのたうち回った。胃と肝臓が暴れて、そのままヘソから出ていった。お腹イタイではすまされなかった。
しどろもどろ裏声まどろ。とろとろの心ポロポロと。逃げるまなこはあないづこ。
テンでぼろぼろ、こぼれ落ちます下心。
情けない。
涙すら滲んだ。
ソレは女性に対し、一方的かつ身勝手に向けていた敵意がそぐわれたことでは無い。断じてない。
ただこの下手くそな作り笑いにあった。
キョトンとした彼女の顔が、どう冷めて歪むのか。それが、その一点だけがもう恐ろしくて堪らなかった。
「ッハハ! ノノちゃん慌てすぎ!
祈るようにして固まったボクと、彼女は違った。やはり違った。慈悲深き存在であった。
ミニスカートも忘れ、無遠慮に脚を放りだした。露わになった太ももを叩いて、ケラケラと笑いだしてしまった。
ソレを見ていた。
松陰の説諭に食い入る晋作が如く。
背筋をぴしりト伸ばし、両膝を揃え手を置いた。一縷のほつれすら見逃してなるものか。顔を真っ黒にして眼を見開いていた。ソレを見つめていた。
何よりも耳を疑った。
"ノノ"
彼女は確かにそう呼んだから。
奇っ怪で突飛、性別すらグラつく痛々しいキラキラネーム。
大っ嫌いな腐れ縁が、生まれて初めて宝石になった。顔が燃えるかと思うほど熱くなった。ズボンをギュウト、ヒザごと血が出るまで握りしめた。噛みしめた。
「え、ゴメン! 怒った?
うちふるえるも束の間、突然彼女がコチラを向いた。
「え、トだけ。ボクは返した。その声が鼻から出たことに、ボクは。数秒後、眉を下げ蒼白した彼女の顔を、散々眺めてから気付いた。
「ウソウソ!、ゴメンね。あんまこーゆーノリって――
「あぁいや違う! 違うよ! 違うとも! コレはそう! あの――
遮って置きながらボクはその後を紡げなかった。情けないプライドだ。言えやしないんだ。名前を呼ばれてうれしかった。
って、嗚呼クソ、クソ。なんだってんだ。なんで貴女までそんな顔になるんだ。
彼女のマイナスを向いた顔。生まれた初めて見た気がした。
落ちた眉、不安げに眼を開いて。
口はぽかんと開いたまま、白い歯が居場所を失ってそわそわとしていた。
「と、とにかく違う! この涙は喜びであって、貴女は私にとって間違いなく……ああコレも違う! ともかくです! 間違いなく貴女が思うようなコトは起きていない! これはすべからくして……あぁ、ト、トイレ――!
ダメだ。これ以上はダメだ。何も考えられやしないんだ。
恐ろしい恐ろしい。全くもって語彙と言うヤツは、一度堕とすとこのざまである。大体いつから "私" だの "貴女" だの仰々しい。あぁ忌々しい。忌々しい。本当に籠もりたくなってきた。胃の痛みがヒドくなってきやがった!
教師の制止も振り切って、ボクはそのまま逃亡した。籠城を決め込んだ。カギを締め、ズボンを締め、随分と秀吉っぷりが良い便座に腰を下ろした。
馴れない冷たさに冷静を取り戻す。逃げてしまったコトを後悔する。
同時に浮かんでくる。懸念がチラチラ目配せしてくる。取り囲まれていたらどうしよう。
どうしようか。
まぁそのときは家庭科室だ。あれだ。見事な十字切腹でも見せてやろうじゃ無いか。良い水族館知ってんだ。ピラニアが沢山いる。キット処理に困らないぞ、うん。
テンデ見当外れの思案をくゆらすばかり。ようやくお腹の痛み落ち着く。有りもせぬおつうじを流し終えた頃。
その頃であった。。
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