鳴りもせぬ イヤホン耳に 昼休み

 腕を枕に 守備表示ヨシ


 眉と近く鋭い、生意気な視線。トンビくらいなら使ってくれそうな鼻。細くすぼめた唇。親頼みの散切り髪。

 色白細身にアバラが整列。全自動眼鏡掛け機、今日もフラフラ肩落とし。


 絵に描いたような陰、醜舜柔鮮酷辛しゅうしゅんじゅうせんごくしん。孔明ですら苦笑い。オマケに漢は一つ鳴き、欽ちゃんですらウスラゼミ。

 ソレがボクだった。

 

 友達など別クラスに一人ぐらい。相手がどう思ってるかは怖くて聴けない。

 趣味は人形劇。だれが見るんだ誰が。ええ、教えてくれよ。なぁ頼む。ウィズでもハッピーでもいいから。


 まぁボッチだ。高校入学早々、しくじるか否か。チャレンジすら出来てない。もうちょっとくらいベ○ッセを続けておくべきだった。後悔してももう遅い。よろこべザマァ系だぞ。

 

 さて、醜い影虫チー呻声モーなどほどほどに。来週から五月である。

 その日もいつも通り、ふて寝を決め込みては放課後。教師の手、肩にポント置かれた次第だった。


「後はアナタだけよ


 ト、少しばかり親心か。和やかなお叱りをもらう。

 置かれた紙に目をこらす。こいつめ!、ト怒りを込める。


「睨んでも消えないわよ、


 次は少し冷たい声だった。

 歪めた口の先、でかでかと綴られる三文字、"部活動" ト眼に入った。

 そうだ。コイツだ。自宅警備員は認められない。我が国にはびこる職業差別に涙が止まらない。私はアベ政権を許さない。


 カギをガチャリ。椅子に座りてペンシルスカートを少し折る。「ヨシ! ト26歳独身、アニメ染みた気合いをお入れ遊ばしては、テストの採点を始めり候。


 あなやあなや、恐ろしきかな。身震いもほどほどに。さぁ逃してはくれぬ。いよいよ決めねばならんト一念発起。目の前の白紙に眼を配る。

 されど鉛筆コロコロく-く。消しゴム君、負けじとコロコロく-く。皆頑張っております。本体クン、もうチョット頑張ってください。

 落ちるはずも無い鼠さん達、祈り縋って数十分。名前だけ書いた紙の中心は、よもや何か察してくれト言いたげに、黒ずんでいた。消しゴムくんは、ねりけしさんに転職していた。ああそうサ、多様性の時代サ。そういう時代だモンな。


 何も、ないワケじゃない。


 絵なら得意だ。クラリネットだっていける口だ。文芸や演劇は……まぁ在れば入るだろう。在れば、


 部活ぐらいスポーツを。


 御父様御母様が宣われり、このみことのりが原因だった。


 どうするどうする、どどどどどーすんの。いっそこのまま謡ってやろうか。

 汗で紙が滲んでくる。友にスマホで――流石に没収されてしまうか。いやしかし――


 ひたすらひねり続けた首と頭。いよいよフクロウのモノマネを会得しそうになった頃。

 ソレは入ってきた。


 突撃してきた。。



「こんちゃース☆!


 ハツラツの挨拶。バント開く扉。

 はじけ飛ぶカギの悲鳴もお構いなし。ローファーはコンコント高らかに。どこか清涼感の漂う香水が、鼻をくすぐった。


「まぁ、

さん!

「ゴメンせんせー、作戦会議長引いちゃった!


 ジョウハリ マツミ。

 天真爛漫の無敵ギャル。クラスのマドンナ、ご光臨あそばせ。

 勢いよく外れ、ブチ壊れ、思春期に少年から大人に代わり、動かなくなった扉。

 亡骸を踏みにじり、置き去りに、手を合わせて謝る。しかしそれどころでは無い。破壊音に立ち上がっていた先生は、ヒザから崩れ落ちた。


「そ、そっちでは――ッ、ト真っ青になった顔。目の前でまた一枚、お国の皆様が納めし税金が決壊する。コレだから戦争はダメだ。何も産まない。


 当の本人はキョトン顔。「ん?どしたし?、ト眼を丸めては、ぱちくりばかり繰り返す。


「まぁ。……いっか。給料じゃないし……


 しばらくグルグル眼を回していたが、先生もやがて納得してしまった。いや好くないだろう。ボクは一人、思わず出かけた言葉を呑み込むのに必死だった。


 常識がない。

 苦手だ。

 特にギャルほど怖い物はない。

 自分たちより全てが、全てが上だ。

 来訪せし破壊神。

 正に権現といって差し支えない。

 恐ろしい。

 いよいよボクは震えだしていた。


 いやはやとんでもないヤツだ。ジョウハリ。ボクはキミを誤解していたようだ。

 掃除班が一緒になった時、いつも下請けさせられていたゴミ捨てを手伝ってくれたキミよ。アレは幻だったんだな。いやはや――


「隣良ーい☆?

「ア、ハ、ハイダイジョウブデス! ゴメンナサイ……

「何あやまってんの!、ハハハ

「あ、アハハ……

「普段から前後ろじゃん! 照れんなし!


 バシント一回、強く背中を叩かれる。


 ぶおおぶおお! ホラ貝鳴きけり、心のドアこそ、今怒濤にせめいで泣き叫びけれ!

 

 オレンジが、オレンジが実ります。季節は春におきて、夏かも知れぬ。ただこの実り豊穣につとめて、ふさわしき瀬戸内。心地よい温風こそ、ほほえみましては。いよいよみずみずしくも艶やかに。実れり橙たちの産声、啓きては心躍れり候。あな美し哉。


 ジョウバリ!!

 いやマツミさん!

 ボクは貴女を誤解していました。


 いや、全くもって。今こうして全身全霊、お許しに成られるのであればコレより我が舌。一生靴磨きとして終身名誉を賜りたく存じ上げます。

 嗚呼クソ参ったぞ。どうしよう。どうしようか。ねぇどうしましょうか。ええ。誰も相談なんてしたかないってのに。何を訊いているんでしょうネ全く。


 心の臓ドクンドクン、かき鳴らしてはドゥビドゥバブギウギ。黙って聞いてりゃチュピチュピチャパチャパ。

 逸る視線には目もくれず。自分勝手にステージ、独奏であります。

 構わん。叫べ叫べ。ロビカリーの再来を見せつけよ。黒船上等の巻。


 暴れ回るボクの横、「んー、ト彼女。鼻にペンを乗せ、脚を伸ばしまして。頭の後ろに手を組めば、いよいよその抜群のスタイルは、上に主張を強めまして。双子丘 "ぐい" トかかげ、童貞ソレを崇め奉りかしこみかしこみ。

 

 参ったぞ、参ったぞ参ったぞ!


 今夜も夜行列車は臨時急便。忙しいったらありゃしない。ええホントに。お待ちください姫、只今ぷれみあむしゐと為る物を買ふて参りますぢや!


 ――うるせぇな。早く死ね俺。


 ムリです死にません。生きる!


 精神年齢は小学三年生。心の中での大山鳴動。フルコーラスの最終楽章。彼女のくるくるト回しだしたペンが指揮棒のように舞って。その赴くままに音色を代えて叫んでいる。轟いていく。コッチを向いて、近づいてくる。近づいてくる?


「見すぎー、

「う、うわぁや! いや、すいません!


 艶めかしさすらあるアヒル口の唇が、目の前で動いて。眼がスット細まり、妖しく、からかうように笑う。

 ペンはボクの額にコツンと当たった。なんてことはない。ボクの脳が粉々に砕け散った。何も書いていない紙を、何故か必死に覆い隠した。


「ナニナニ隠したじゃん!……おかし?

「、え、あぁ。イヤ。まだ、チョット!

「えーウソだ! ホラホラ決めないと、センセーおこだよ。ぶー!

「は、っはハ、そーダネ、!うん。!


 マツミ様。本日のご公務。肘に手を当て、わざとらしく横を向き、頬を膨らませてご覧になられる。

 心臓、動かし方。至急グーグル先生、お教え賜りくださいませ。


 ぶりっ子の怒りんぼは、舌打ちして冷笑して。ボールペンで拷問するんじゃなかったのか。アレだけド深夜にSNS、お気持ち表明していたじゃいか。


 ボクはのたうち回った。胃と肝臓が暴れて、そのままヘソから出ていった。お腹イタイではすまされなかった。

 しどろもどろ裏声まどろ。とろとろの心ポロポロと。逃げるまなこはあないづこ。

 テンでぼろぼろ、こぼれ落ちます下心。


 情けない。

 涙すら滲んだ。

 ソレは女性に対し、一方的かつ身勝手に向けていた敵意がそぐわれたことでは無い。断じてない。

 ただこの下手くそな作り笑いにあった。

 キョトンとした彼女の顔が、どう冷めて歪むのか。それが、その一点だけがもう恐ろしくて堪らなかった。


「ッハハ! ノノちゃん慌てすぎ!


 祈るようにして固まったボクと、彼女は違った。やはり違った。慈悲深き存在であった。

 ミニスカートも忘れ、無遠慮に脚を放りだした。露わになった太ももを叩いて、ケラケラと笑いだしてしまった。


 ソレを見ていた。

 松陰の説諭に食い入る晋作が如く。

 背筋をぴしりト伸ばし、両膝を揃え手を置いた。一縷のほつれすら見逃してなるものか。顔を真っ黒にして眼を見開いていた。ソレを見つめていた。


 何よりも耳を疑った。


 "ノノ"

 

 彼女は確かにそう呼んだから。


 奇っ怪で突飛、性別すらグラつく痛々しいキラキラネーム。

 大っ嫌いな腐れ縁が、生まれて初めて宝石になった。顔が燃えるかと思うほど熱くなった。ズボンをギュウト、ヒザごと血が出るまで握りしめた。噛みしめた。


「え、ゴメン! 怒った?


 うちふるえるも束の間、突然彼女がコチラを向いた。


「え、トだけ。ボクは返した。その声が鼻から出たことに、ボクは。数秒後、眉を下げ蒼白した彼女の顔を、散々眺めてから気付いた。


「ウソウソ!、ゴメンね。あんまこーゆーノリって――

「あぁいや違う! 違うよ! 違うとも! コレはそう! あの――


 遮って置きながらボクはその後を紡げなかった。情けないプライドだ。言えやしないんだ。名前を呼ばれてうれしかった。

 って、嗚呼クソ、クソ。なんだってんだ。なんで貴女までそんな顔になるんだ。

 

 彼女のマイナスを向いた顔。生まれた初めて見た気がした。

 落ちた眉、不安げに眼を開いて。

 口はぽかんと開いたまま、白い歯が居場所を失ってそわそわとしていた。


「と、とにかく違う! この涙は喜びであって、貴女は私にとって間違いなく……ああコレも違う! ともかくです! 間違いなく貴女が思うようなコトは起きていない! これはすべからくして……あぁ、ト、トイレ――!


 ダメだ。これ以上はダメだ。何も考えられやしないんだ。

 恐ろしい恐ろしい。全くもって語彙と言うヤツは、一度堕とすとこのざまである。大体いつから "私" だの "貴女" だの仰々しい。あぁ忌々しい。忌々しい。本当に籠もりたくなってきた。胃の痛みがヒドくなってきやがった!


 教師の制止も振り切って、ボクはそのまま逃亡した。籠城を決め込んだ。カギを締め、ズボンを締め、随分と秀吉っぷりが良い便座に腰を下ろした。

 馴れない冷たさに冷静を取り戻す。逃げてしまったコトを後悔する。

 同時に浮かんでくる。懸念がチラチラ目配せしてくる。取り囲まれていたらどうしよう。


 どうしようか。


 まぁそのときは家庭科室だ。あれだ。見事な十字切腹でも見せてやろうじゃ無いか。良い水族館知ってんだ。ピラニアが沢山いる。キット処理に困らないぞ、うん。


 テンデ見当外れの思案をくゆらすばかり。ようやくお腹の痛み落ち着く。有りもせぬおつうじを流し終えた頃。


 その頃であった。。

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